成年漫画は時に大きな物語を紡いでいく ‐ しらんたかし先生が描いた「世界」

 
成年漫画というジャンルは、一瞬のエモーションや情感を表現する分野としては、その力を大いに発揮しますが、継続性のある物語を描くには、少しばかり不利な表現分野であると思うんです。
もちろん、霧恵マサノブ先生の「海神」シリーズのように、長編、大作として物語を紡いでいく作家さんもいらっしゃるので、それがイコール、ジャンルとしての弱さや欠点だとは思わないのですが、やはり、短編がほとんどな上に、性描写にそのページ数の大半を割かなければいけない、という成年漫画の特徴は、時として物語の妨げとなることがあるように思うのです。
 
しかしながら、純粋に長編として物語を創りあげていく作家さんの他にも、「成年漫画」と「物語」を結びつけるために、興味深い試みを自身の作品内で試しておられる漫画家さんも数多くいらっしゃいます。現在までに、ワニマガジン社から「好感あそ〜と」、ティーアイネットから「おねちゅ」と「こいのり」という三冊の単行本を出されている、しらんたかし先生は、私の中でそうした興味深い漫画家さんの代表格です。
 

 
そこで今回は、しらん先生が漫画の中で用いているユニークな方法論を取り上げながら、漫画作品の感想文を書きたいと思います。
 
 

■次々にリンクしていく登場人物

しらんたかし先生が描く漫画の特徴の一つとして、各ストーリーにおける世界観の共有が挙げられます。
 
一例を挙げると、単行本「好感あそ〜と」(ワニマガジン社刊)に収録された短編「酔アソビ」には、「犬山いるか」さんというヒロインが登場するのですが、
 

<「好感あそーと」(ワニマガジン社) P30より>
 
彼女は、同単行本の「こもどり」「さかりば」といった他作品で、モブキャラ、エキストラとして出演をしています。
 

<左:「好感あそーと」(ワニマガジン社) P9より、 右:同単行本 P62より>
 
別にこのキャラクターが、しらん作品において重要な意味を持ちえるとか、作品世界を読み解くキーパーソンであるとか、いわゆる「スターシステム」に基づいて造形されたキャラクターであるから、といった理由で他の短編に登場しているわけでありません。
しらん先生の描く漫画は、そのほとんどが時間軸や空間を共有しており、彼女は「たまたま、そこにいた」だけなのです。
ですので、彼女以外のキャラクターも、他の作品でモブキャラとして出演したり、他のキャラクターと繋がりを持っていることを仄めかすような描写が行われたり、と自由自在にクロスオーヴァーをしていきます。
 
各作品において共通のキャラクターを出演させることで、一見するとバラバラの作品群になんらかの繋がりを持たせ、背景により大きな物語を読み手に想起させる、という方法論はそれだけならば特に目新しいものではないかもしれません。
しかし、私は、しらん先生の作品を読むと、より徹底して、この方法論を作劇に実践しているように思うのです。
とりあえず、こちらの画像をご覧ください。
 

<「好感あそーと」(ワニマガジン社)より>
 
「好感あそーと」のカバー裏に載っている、本単行本における人物相関図なのですが、なんとカバー裏の二面を丸々使用して描かれています。更に、余白には、相関「図」では描ききれなかった情報や、作品の裏設定なんかが、テキストでビッチリ書き込まれていて、「相関図」ならぬ「壮観図」*1とでも呼ぶべき、情報の充実ぶりを見せています。
しらん先生は、自身の単行本のカバー裏やおまけページで、こうした人物相関図や裏設定を書くことに、かなり情熱を注いでいる印象を受けます。
 
そして、しらん先生の描く各キャラクターは、会社の同僚であったり、同じ学校に通っていたり、友人関係だったりで、どのキャラクターも何らかの形で、他の短編に登場するキャラクターと繋がっていき、時に緩やかに、時に強固に、次々とリンクをされていきます。
更に、この「リンク」は出版社の枠すらも軽快に飛び越え、漫画家しらんたかしが描いた世界を繋げていくのです。
 
例えば、しらん先生の初単行本である「おねちゅ」(ティーアイネット刊)に収録された作品は、全編小学校を舞台にした連作となっているのですが、この作品に登場する登場人物たちと、「好感あそ〜と」収録の短編「大人あそび。」に登場する男の子と女の子は、「好感あそ〜と」カバー裏の人物相関図によると、同じ学校の同級生という設定になっています。
 

<左:「おねちゅ」(ティーアイネット) P86より、 右:「好感あそ〜と」(ワニマガジン社) P113より>
 
作中で明示をされていたり、同じ小学校に通っていることが劇中で特別な意味を持ちえるわけでもないのですが、ここでもキャラクター同士、そしてキャラクターが存在する時間と空間に繋がりを持たせます。
「大人あそび。」は、8Pとしらん先生の漫画の中でも短い作品で、しかも初出は同人誌での発表にも関わらず、そこに「世界観の不統一」という妥協は見られません。
例え、出版社が別の会社であっても、発表するメディアが異なっていても、しらん先生が描く漫画は、全て同じ世界観を持つ、つながった世界になっています。
 
共通の世界を基盤とし、魅力的なキャラクターがそれぞれに繋がっていき世界を広げながら、自由自在に物語の上を踊っていく、しらん先生の漫画は、見ていて非常にユニークで軽快な印象を受けます。
 
 

しらんたかし先生の「物語」に対する目線を探る

こうした世界観や、各作品におけるキャラクター同士の繋がりの徹底、裏設定の数々は、「成年漫画」「エロ漫画」というメディアを考えると、もしかしたら不必要なものなのかもしれません。
「エロ」を前提に成年漫画を読む場合には、こうした細かい設定のほとんどは目に入ることが少ないですし、人によっては「余計なもの」と感じられることすらあるかもしれません。また、下手をすれば、自身の表現の幅を狭める足枷になってしまうかもしれない。
 
しかし、しらんたかしという漫画家は、徹底して自分の「世界」を漫画の中で描き続けます。
一体、何故なのか?
その答えを探るために、もうちょっと踏み込んで、先生が描いた同人誌についても触れてみようと思います。
 
私は、しらん先生の大ファンなので、先生が描いた同人誌も数冊所有しているのですが、ここでも先生の「物語」や「世界観」に対する特異な目線が見てとれます。
 
例えば、人気アニメ「おジャ魔女どれみ」をネタ元にした一連のシリーズがあるのですが、その中でアニメのキャラクター達のポルノグラフィックな漫画とは別に、しらん先生自身がキャラクター化され(何故か、宇宙人や吸血鬼として登場したりする)、アニメのキャラクター達と会話をする、という内容の漫画が描かれます。
 

<熾鸞堂 / 「おジャ魔女妄想日記」より ゲスト作家さんによるオマケ漫画>
 
ほとんどがゲスト作家さんの手によるものなので、こうした漫画の趣旨は「ギャグ」「身内向けのパロディ」として描かれたものなのかもしれません。
ですが、同人誌を元ネタになっているアニメや漫画作品といった既存の「物語」に対する、作者の接し方を見るメディアとして見てみた場合に、現実世界と空想の世界の境目を、作者自身の身体を用いることで瞬間的に越境し、架空の物語と自分自身をリンクさせてしまう、という内容の漫画をしらん先生が自身のサークルの作品に載せているというのは、なかなかに興味深いものがあります。
 
また、しらん先生は、同じく「おジャ魔女どれみ」を元ネタにした同人誌の中で、「成長した主人公達の姿」をイラストにしています。
 

<熾鸞堂 / 「おジャ魔女妄想日記」より>
 
やはり、こうした表現を見てみると、アニメや漫画における物語や世界観に、継続性を持たせること、そして、境界を飛び越えて、大きな世界や物語を作ることに、多大な興味を持っていらっしゃる作家さんなのかなぁ、という印象を受けます。
 
 

■成年漫画の中で、つながった世界

しらん先生が描く漫画は、そのほとんどが時間や空間を同じくした「つながった世界」です。
いくつかの小さな物語は、先生が描く魅力的なキャラクター同士の繋がりによって、次々にリンクされていき、その小さな物語の集合体は、いつしかもっと大きな物語を読み手に想起させるようになります。
 
ティーアイネットからの二冊目の単行本「こいのり」のカバー裏における、作者からのおまけコメントにて、しらん先生は自身の作品における「リンク」について、このように書かれています。
 

個人的なお遊びですが
楽しいのでこれからも続けます。
 
            −「こいのり」(ティーアイネット)より

 
成年漫画は、短編が中心故に、大きな物語を紡ぐのには向いていない表現分野なのかもしれません。
しかしながら、上記のコメントに見受けられるように、極々自然体で、なおかつ興味深い手法やこだわりを用いながら、独自の物語を紡いでいく個性的な作家さんが突然現れる表現分野でもあります。
 
しらん先生の描くキャラクターのファンとして、また彼、彼女らによって作り上げられていく世界と物語のファンとして、コメント通り、しらん先生にはこれからも、その独自の世界観をより大きなものにしていって欲しいと思います!
 
 
 
<関連エントリ>
■エロ漫画が描く、「物語」と「キャラクター」について考える
 
<関連URL>
■しらんたかし『好感あそ〜と』(ヘドバンしながらエロ漫画!様)
 
へどばん様による「好感あそ〜と」のレビュー。
「興味アリ」シリーズに対する「読むたんびにゾクゾクしている」というコメントは、本ッ当〜によく分かります。
 

<「こいのり」(ティーアイネット) P182より>
 
何ていうか、しらん先生って、「相手を責めている内に、自分自身が興奮し過ぎて、アドレナリン全開になっちゃう女の子」を描かせたら抜群に上手い漫画家さんなんですよね。被虐者としての男の子の描き方も含めて。
 
他にも、尿や経血に対する異常にフェティッシュな描写の数々とか、上で私が書いているような世界観云々を抜きにしても、成年漫画として本当におもしろい漫画家さんだと思います。
 
 
 

*1:私なりの精一杯の笑いのセンスです…。