「けいおん!」の音楽的「物足りなさ」について考えてみる

 
今期のアニメは、やっぱり「けいおん!」が、とってもおもしろいです。
 

けいおん! 1 [DVD]

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私は、音楽は大好きなんですけど、楽器が何一つできない人間(指先が異常な程に不器用&リズム感ゼロ)で、楽器経験も全くないので、「けいおん!」のキャラクターに自身のバンド体験を投影して楽しむ、という見方はできないんですが、
 
それでも、音楽好きの端くれとして、やっぱり女の子がギターやベースを持っている姿を見るとドキドキしちゃいますし、
 
■けいおん!2話を見て気付いたこととか【けいおん!】(鈍角なことば 鋭角のこころ 様)
 
上記のTB先のエントリのように、実際にバンドをやられている方のご意見や、漫画やアニメを愛していて、音楽も大好き! っていうブロガーさんや絵描きさんが、自身の音楽嗜好を「けいおん!」のレビューやイラストに託して語っているのを見るのが本当に楽しくて、そういうのをweb上で見つけてはニヤニヤしています。
私は、ニコニコ動画とか、その辺の文化圏には詳しくないので、詳細は分からないんですが、きっとアニメ版の演奏シーンに合わせたMAD動画なんかも結構な数作られていたりするんでしょうね。
 
ところで、バンドで音楽をやる楽しさを満喫する少女たちの姿を見て絶賛する人たちがいる一方で、劇中での音楽やバンドの描かれ方が、表層的で物足りない、食い足りない、という意見も結構目にします。
 
確かに、「けいおん!」は、音楽、バンド活動をモチーフとした作品であるにも関わらず、劇中において、ロック的なキーワードやモチーフが登場することが極端に少ないように思います。
例えば、演奏シーンに非常に力が入っている割には、主人公たちが部活動以外のプライベートな時間で、普段どういう音楽を聴いているかとか、彼女らの音楽遍歴を伝えるような描写って、ほとんどないんですよね。
 
この辺が、音楽好きな人の目から見てみると「物足りない」っていう意見に繋がったりするのかなーなんて思うんですが、「けいおん!」という作品においては、こうした音楽的な「物足りなさ」って、すごく大事だと思うんですよ。
 
ちょっと、この辺りについて自分なりの意見をまとめてみます。
 
 

■音楽に対してフラットな登場人物たち

アニメや漫画を見ていても、登場人物たちの音楽的なバックボーンっていうのは、なかなか見えてきません。
好きな音楽は、ロックなのか、パンクなのか、それともメタルやハードロックなのか、もしくはファンクやヒップホップやレゲエだったりするのか、ニューウェイヴやオルタナティヴやグランジの知識はあるのか、それとも今時の女子高校生らしく、やっぱり普段はJ-POPを聴いていたりするのか。「最近のEXILEは、流石にちょっとなー…」とか思ってたりするのか!?
 
けいおん!」のバンドメンバーたちは、音楽に対して、非常にフラットに描かれているように感じます。
 
アニメ版の1話では、ジミ・ヘンドリックスや、ジミー・ペイジジェフ・ベックといったミュージシャンの名前が出てきましたが、ジミヘンや、ジミー・ペイジジェフ・ベックなんていうのは、非常に記号的な「凄いギタリスト」の名前だと思うんですよ。
これが、例えば、ミック・ジョーンズやゲイリー・ムーアやロバート・フィリップやビル・スティアーなんて名前だったら、一気に具体性が増してきて、彼女達の音楽的な嗜好、背景も見えてきます。
あの場面で、キャラクターの音楽的嗜好を特定させないために、ギリギリのラインで出てきたギタリストの名前がジェフ・ベックだったと思うんです。
 
登場人物の名前をP-MODELのメンバーの名前から拝借している(でも、P-MODEL的な要素は作品内でゼロ!)点からも、作者が音楽やロックの知識に疎いということはないはずです。
だから、マニアックなミュージシャンの名前を出したり、モチーフを登場させるなりして、ロックファン向けのサービスをしたり、音楽薀蓄的なギャグを使用したり、という見せ方、描き方も出来るハズなんですが、それはやらない。
あくまで、登場人物たちをロック的なものから距離を置いて描いているように思います。
 
そして、アニメ版でも、そうした作品の空気感は、大事にされているように見えます。
 
これが、小林治監督だったら、また違った見せ方をするハズなんですよ。声優陣にミュージシャンを起用したり、レコードジャケットを出したり、劇中に登場するストリートミュージシャンの女の子にムーンライダースの歌を歌わせたりするハズなんです。
 
でも、それはやらない。恐らくそれは、ロックが持つ暗い本質みたいなものから距離を置くために、敢えてそういったものに一線を引いているのだと思います。
 
 

■ロックが持つ「暗さ」

ちょっと「けいおん!」と比較をするために、同じく音楽をテーマにした映画の話をしたいと思います。
先日、映画館でガス・ヴァン・サント監督の「ラストデイズ」を観たんですよ。
 
ラストデイズ [DVD]

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この映画は、NIRVANAカート・コバーンの最期をモデルに、あるロックスターが死を迎えるまでの数日間を描いた作品です。
 
映画自体は、監督自身の映像と音響に対する実験を、ロックスターの死に託して表現した作品でして、モデルがハッキリしている割には、伝記映画やドキュメンタリーとは全く異なる空気感を持つ不思議な映画なのですが、その分、主人公であるロックスターの孤独や寂寥感や陰鬱が、見ている者の胸ぐらに突き刺さってくる映画でもあります。
 
で、ロックを構成する要素の何割かって、この映画で描かれているような暗さだとか陰鬱さ、つまりは陰の部分だと思うんですよ。
 
孤独感や恐怖や焦燥や狂気や暴力や苦悩や絶望感、閉塞感。
 
ロック・ミュージックが本質的に孕んでいる万感の悲しみ、負の要素。それを、自身の映像的、音響的な挑戦を絡めながら、ロック・スターの死に託して映画の中で描いたのが「ラストデイズ」という作品なんだと私は思います。
 
「ラストデイズ」と萌え四コマを原作としたアニメ作品を比較するのはナンセンスなことかもしれませんが、こうしたネガティヴなイメージを「けいおん!」は作品内に持ち込もうとはしません。
だから、具体的なミュージシャンの名前だとか、バンド名なんかは、バンドを描いた作品にも関わらず、できるだけ作品の中に持ち込まない。
それを許してしまうと、なんらかの「意味」が生まれてしまって、主人公たちが奏でる音楽の質感やニュアンスも変わってきてしまうからです。
 
 

■「けいおん!」が描く音楽の「楽しさ」

原作の漫画を読む限りでは、ロック・ミュージックが内包している、閉塞感や寂寥感や悲劇性や暗さ、そういうペーソスの部分を、ひとまずうっちゃって、音楽の、バンドの楽しさのみに焦点を当て、少女たちを活き活きと描いているのが「けいおん!」という作品だと思います。
 
(アニメ版では、またちょっと描き方が違うようなので、今のところどういう風に話が進むか、まだわからないのですが…)
 
こういう「楽しさ」の部分に惹かれてか、「けいおん!」を見てギターを購入したり、バンドを始めようとしている人が結構いるようです。
けいおん!」の前に、バンドの姿を描いたアニメ作品として、私も大好きな、小林治監督の「BECK」がありましたが、「BECK」はバンドやロックが持つ高揚感を上手く描いていた作品にも関わらず、こういう盛り上がり方はあまりなかった気がします。
音楽を始めるのに、何故「BECK」じゃなくて「けいおん!」なのか?
 
けいおん!」は、主人公が可愛い女の子だから、萌えアニメだから。
 
うん。それは勿論あるでしょうね。ただ、ここでキーになるのは、やっぱり「けいおん!」のあの屈託のなさだと思うんです。
BECK」は、主人公達の「ロック」「ロック的なもの」への熱い思いを描いた作品です。それは、退屈な日常を投げ捨てて、非日常へと殉教していく物語です。
対して、「けいおん!」は、日常に根ざしつつ、音楽の楽しさ、バンドをやる楽しさを発見し、それらを持ち込むことによって、日常を変えていく、という物語なんです。だから、鬱屈がないぶん、非常に見やすいし、「俺にも出来るんじゃないか!?」なんて楽器を手に取りやすい。
 
そういう、朗らかな空気を纏っているのが「けいおん!」という作品です。
ですから、「けいおん!」における音楽やバンドの描き方が、音楽好きな人から見ると(絵の写実性とは別の部分で)「物足りない」というのは、当然であると同時に必然でもあるわけです。
敢えてそういう風に描くことによって、ロックや音楽の暗い部分やシリアスな要素から、「けいおん!」の世界観を守っているわけですから。
 
アニメ版では、萌え四コマというフォーマットである原作漫画が持つ「ゆるさ」すら、音楽に対する純粋性に変換して描いているように思います。
そして、その音楽に対するピュアな思いこそが、「けいおん!」が理想とする「ロック」の形なのかもしれないですね。初期衝動に満ちてて、余計な飾り気がなくて。
とにかく、彼女たちが奏でる音楽から、目が離せないです!
 
 

けいおん! (1) (まんがタイムKRコミックス)

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で、バンド経験ない自分は、原作、アニメ共に、一番好きなキャラは真鍋和ちゃんだったりします。
ちゃんと、バンドの「外」にいる人も描いて、私みたいな楽器経験ゼロの人間も感情移入できるように作ってあるんですよね。何気に、和ちゃんの存在は超重要!
 
あ、あと、主人公たちがお菓子を美味しそうに食べているのが素晴らしいですね。
ほら、ロッカーって、ご飯を不味そうに食べなきゃいけない、みたいなイメージあるじゃないですか(笑)。
「ラストデイズ」でも、主人公のロックスターが、劇中でシリアルやチーズマカロニを食べるシーンがあるんですが、それがことごとく不味そうに描写してある。
楽器を弾く楽しさや、音楽以外の面で、登場人物たちの多幸感を表現してある。
アニメ版で、お菓子の描写にやたら力が入っているのも納得です! 「けいおん!」におけるお菓子やお茶って、本当に効果的で、いい演出になってるんですよね。
 
 
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