「だぶるじぇい」におけるパロディの元ネタ解説と、野中英次の捻くれた視点

 
週刊少年マガジン2009年34号から連載が始まった、野中英次原作、亜桜まる作画によるギャグ漫画「だぶるじぇい」
 

<週刊少年マガジン 2009年34号 (講談社)>
 
野中先生といえば、ロック、お笑い、野球、プロレス…と様々なパロディを作品内に仕込まれる漫画家さんなわけですが、「だぶるじぇい」にもマニアックなプロレスネタが登場していて思わず笑ってしまいました。
 
今回のエントリでは、その辺の元ネタを取り上げつつ、「だぶるじぇい」というギャグ漫画に対する感想をアレコレと書いてみようと思います。
 
 

■第6話に出てきた「カ…カテエ……!!」の元ネタ

週刊少年マガジン39号に掲載された第6話「白熱伝統」に出てきた以下の台詞。
 

<39号 P.446>
 
美少女キャラクターの口を借りて唐突に漫画内に出てきた、この「カ…カテエ……!!」という台詞の元ネタは、「プロレススーパースター列伝」で御馴染みの漫画家、原田久仁信先生の劇画作品「地獄の『ど真ん中』」です。
 

<プロレス「地獄変」 (宝島社) P.43>
 
「地獄の『ど真ん中』」は、元々は宝島社のプロレス暴露本「プロレス 下流地帯」に掲載をされた劇画作品だったのですが、現在では同じく宝島社のムックである「プロレス地獄変」に再録をされています。
 
プロレス「地獄変」 (別冊宝島 1630 ノンフィクション)

プロレス「地獄変」 (別冊宝島 1630 ノンフィクション)

 
この劇画作品は、プロレスラー長州力が旗揚げした新団体が、放漫経営とスキャンダラスなゴシップの数々によって慢性的な経営危機に陥り、崩壊に至るまでを描いた実録モノの漫画です。
そして、その長州が旗揚げした新団体の名前こそがWJプロレス」=「だぶるじぇいぷろれす」
恐らく、漫画のタイトルも、この団体名からとっているのでしょう。
 
パロディに用いられた「カ…カテエ……!!」は、ファンのニーズを省みず、旧態依然としたプロレスのスタイルに拘り続ける長州の古いプロレス観を嘆いたWJプロレスの専務が放った一言なのですが、台詞に大きなインパクトがあったためかプロレスファンの間で大きなブームとなりました。
 
ちなみに、このWJプロレスの専務の名前は、永島勝司氏。 
「だぶるじぇい」の舞台になっている高校の名前は「ナガシマ高校」ですが、これも恐らくはプロレスネタで、この永島氏の名前からとっているのだと思います。
 
 

■プロレス界最大のスキャンダル団体「WJプロレス」とは?

ここで「WJプロレス」についてちょっと解説をしたいと思います。
この「WJプロレス」は、旗揚げ当初こそ、その潤沢な資金力(バックに、とある資産家が付いていた)と長州力知名度によって大きな話題を呼んだ団体だったのですが、いざ蓋を開けてみれば運営の不手際やゴシップ、スキャンダルが続出し、僅か一年程で崩壊に至ったという、色々な意味でトンデモないプロレス団体でした。
 
団体崩壊までのいきさつや、各種エピソードについては、Wikipediaでもある程度まとめられています。
 
■Wikipedia - WJプロレス
 
もの凄く出来の悪い映画やアニメ作品が、意地悪なファンから「ネタ」として楽しまれることがあるように、2000年代のプロレス界隈においてプロレスファンの冷笑的な視線と非難を浴び続け、壮大な「ネタ」として消費され尽くした団体。それが、「WJプロレス」だったのです。
 
その「WJプロレス」をネタにして描かれた劇画のパロディを作品内に用い、劇中に登場する学校の名前をフロント陣の名前からいただき、挙句の果てには漫画のタイトルそのものをスキャンダル塗れのプロレス団体から持ってくる。
もう、この辺りのセンスに、野中先生の捻くれまくった斜め目線からのプロレス愛を感じるわけですよ。
 
で、実はこのちょっと意地悪な視点こそ、「だぶるじぇい」という漫画作品の本質を強く表しているように思うのです。
 
 

■読み手の意識を混乱させる「だぶるじぇい」という作品

野中先生のギャグセンスと亜桜先生の近代的なアニメ絵柄のギャップが、独特のナンセンスな質感を生み出し、マガジン読者の頭の中をグルグルと混乱させている「だぶるじぇい」ですが、本作からはかなり意図的に、読み手の漫画に対する視線を撹乱してやろうという意識が感じられます。
 
例えば、漫画の枠線一つとってもそうです。
 

<34号 P.118>
 

<39号 P.444>
 
この漫画、毎回枠線の太さがコロコロ変わるんですよね。お陰で、漫画全体の印象が毎回かなり異なっているように感じます。
劇中では、亜丸先生の描く美少女キャラとその他のキャラクターのタッチの差(後者は、横山光輝風?)が、シュールな雰囲気を形成しているわけですが、この枠線一つとってみても読み手のイメージをかき乱してやろうという意図を感じるのです。
 
また、「爪楊枝の溝を掘る職人」や劇中に「前略おふくろ様」という台詞が出てくるなど、野中先生のセルフパロディ的なギャグ*1が頻出するのも気になるところです。
 
 

■まとめ

同時期に連載が始まった波打際のむろみさん「課長令嬢」が、それぞれギャグのセンスや笑いの方向性がかなりハッキリとしている漫画であるのに対して、「だぶるじぇい」は未だにその全貌が掴めない、何とも捉えどころのない作品という印象を受けます。
 
個人的には、野中先生が原作という立場を活かして、自己パロディにまで手を広げつつ、その捻くれたユーモアを思いっきり発露してるのかなぁ、という印象を受けます。
 
まぁ、亜桜先生と隔週交代で書かれているマガジンの巻末コメントにて、マガジン読者や野中ファンにはお馴染みになっている、「特にありません。」という一言を見る度に、単なる自分の考え過ぎかなぁ…とも思うんですが。