エロ漫画の描き文字に見る、漫画家さんの個性や劇中での効果について

tunderealrovski2009-09-12

 
今回は、成年漫画における描き文字の存在に注目をしてエントリを書いてみたいと思います。
 

<シャチカマボコ月と太陽」 (茜新社) P.189>
 
 

■実はエロ漫画と相性が良い、描き文字表現

成年漫画は、他の漫画作品と比べると描き文字が登場する頻度が多い漫画ジャンルだと言えます。
これは何故かというと、先ず大前提として性行為中の「音」を漫画内で表現する必要があるためです。「くちゅくちゅ」といった粘膜の音や、「パンパン」といった肉体がぶつかりあう音、あるいは「くぱぁ」のようなエロ漫画特有の擬音表現に至るまで、性行為を漫画媒体で描く際に用いる「音」の表現は、読み手の性的なイマジネーションを喚起し煽情性を高めるのに非常に有効に機能をします。
そして、そこでは明朝体やゴシック体といったフォントを用いた擬音ではなく、肉感的、有機的な質感を出すために手描きによる描き文字が使用されているのだと私は考えます。
 

<はんざきじろう「誘惑の花園」 (富士見出版) P.42 , 雨がっぱ少女群「小指でかきまぜて」 (茜新社) P.57>
 
そういった描き文字の描き方やレイアウトの仕方に、各作家さんの個性が出てくるように思うのです。
描き文字の線の太さはどうするのか? 黒塗りにするのか、白抜きにするのか、それともトーンを貼るのか? 文字の周囲は縁取るのか? 平仮名を使うのか、カタカナ表記にするのか? などなど、描き文字には描き方の組み合わせによって無限のバリエーションがあり、各作家さんの個性や漫画内で描かれる「性」の描き方によって、用途に沿った様々な形状の描き文字が描かれます。
勿論、各作家さんや作品によってバラつきはありますが、例えば上に使用した画像のように身体の結合を描く場合でも、ラブコメのような明るい作品ではポップな描き文字が使用され、陵辱モノのような陰惨さを含んだ作品には細く鋭利な描き文字が使用される…といった具合に、作品毎や作家さんによってその用い方には各々の特徴が顕在化します。
 
また、擬音表現に加えて、描き文字によって性行為の動きや、その最中の心理状態を表現する作家さんがいらっしゃるのもおもしろいところです。
「ポコといっしょ」などの作品で御馴染みのベテラン作家であるD.P先生は、作品内でかなり大胆に描き文字のレイアウトをする作家さんなのですが、その特徴的な使い方の一つに描き文字に効果線を加えて動きや感情の激しさを表現するという手法があります。
 


 
画像に使用しているのは、コアマガジンの「COMIC HOT MiLK」に掲載をされた、比較的近年の作品ばかりなのですが、各キャラクターのダイナミックな動きや、熱狂が見事に描かれています。
 
このように、エロ漫画界には非常に上手く描き文字を使用されている漫画家さんが大勢いらっしゃいます。その辺りに注目をして見てみると、また興味深いモノが色々と見えてくると思うのです。
 
 

■描き文字によって表現される世界観

こうした描き文字には作品世界の世界観を読者に瞬時に伝え、キャラクターを立てる効果もあります。
 
例えば、睦月のぞみ先生が描かれる太くて角ばった描き文字による、ポップな感情表現の数々は、それだけでも作者の作風や物語の雰囲気を読み手に雄弁に伝え、またキャラクターの魅力を引き立てます。
 

<睦月のぞみ「Active Heart」 (蒼竜社) P.93,61,44>
 
睦月先生と同じくギャグタッチの成年漫画を描かれている先生の場合は、ギャグを交えたエロが作品の中心であるため、コミカルな描き文字を劇中で多用しています。
 

<鮭「イク裸」 (G-WALK) P.49,142>
 
この如何にもギャグ漫画っぽい描き文字というのが、作中のお笑いの要素を盛り上げるのは勿論のこと、明るくてエッチなんだけど、登場人物の倫理観や道徳がどこか少しズレている、鮭先生の描く漫画世界に非常にマッチしているのです。
 
短編中心のエロ漫画において、こうした効果によって読み手に作風や作品世界を瞬時に伝えることができるというのは、作り手として大きな武器の一つになっているように思います。こうした場面でも、描き文字は各漫画作品において印象的な効果を与えているのです。
 
 

■ハートマークを用いた描き文字

また、私が注目をしている成年漫画特有の描き文字表現の一つに、擬音や効果音の語尾にハートマークを併用するというテクニックがあります。
ヒット出版社の成年漫画誌「COMIC 阿口云」を中心に活躍されている山田ショウジ先生はこうしたハートマークを用いた描き文字を頻繁に作品内に登場させます。
 

<山田ショウジ「Sweet TRAP」 (ヒット出版社) P.155,128,86>
 
山田ショウジ先生の作品において、これらのハートマークはヒロインの可愛らしさを高め、作品内にチアフルで明るい雰囲気を作り出すと同時に、性の快楽を肯定的に描くのに非常に有効に機能をしています。このハートマークの多用は、作者さんの個性の一つと言えるでしょう。
 
他にも、RED-RUM先生や睦茸先生、命わずか先生やけものの★先生、最近出てきた漫画家さんでは有馬侭先生といった沢山の作家さん、様々な作風の漫画家さんに、このハートマークは愛され描き文字として使用されています。
 


 
その効果も様々で、例えばRED-RUM先生の場合は、ふたなりや露出、陵辱など割かしアブノーマルな性描写を作品内で用いることが多いのですが、劇中で描かれる変態的な性行為とハートマークが持つ「愛情」や「純愛」といった記号的なニュアンスとのギャップが、物語の淫猥でエロティックなイメージをより加速させます。また、快楽に耽るヒロインの熱っぽい吐息をハートマークと一緒に括弧書きにして表現するのもRED-RUM先生の特徴的な作風の一つです。
 
このように、ハートマークという記号を描き文字の中でどう描くか、どう用いるか、そこを一つとっても作者さんの個性がそれぞれに出ていて興味深いところです。
 
 

■フキダシの中で使われる、描き文字による表現

擬音や効果音を表す場合以外でも、成年漫画では女性キャラクターの嬌声や喘ぎ声の肉感性を高める手法として、フキダシの中の台詞を描き文字で描くという表現が頻繁に使用されます。
例えば、みさくらなんこつ先生はみさくら語と呼ばれる独特の台詞回しによる嬌声を描かれますが、そのほとんどで描き文字が使われおり、写植やフォントではなく描き文字による台詞がより肉感的・有機的な印象を読み手に与えます。
 

<みさくらなんこつ「ヒキコモリ健康法」 (コアマガジン) P.9 , エレクトさわる「まぞちち」 (茜新社) P.43>
 
こうしたフキダシ内の描き文字は成年漫画では定番の表現なわけですが、フキダシの中を黒く塗りつぶし白色の描き文字で嬌声を描くエレクトさわる先生のように、そこに一工夫を加える作家さんもいらっしゃいます。エレクトさわる先生といえば、大量の液体表現を用いたぶっかけ描写で御馴染みの漫画家さんなわけですが、黒色のフキダシには、精液で真っ白になった画面で台詞を目立たせる効果があります。
このように、フキダシの中の描き文字の描き方一つとってみても、各作家さんの個性や得意とする性表現が垣間見えるのがおもしろいところです。
 
また、こうしたフキダシ内での描き文字表現のほとんどは、性行為のクライマックス、エクスタシー時に使用されています。快感の頂点を描き文字で、それ以前をフォントで書き分けることにより、性の快楽や愛情の高まりによって登場人物の精神が次第に惚けていき、多幸感の中でエクスタシーと共に理性が消し飛ぶ様が読み手に段階的に伝わり、作品内の煽情性を高めるのです。
一水社から単行本「エッチで自分勝手でカワイイ娘」を出されている廣田眞胤先生は、絶頂時の台詞のほとんどに描き文字を使用されているのですが、その描き方も作品毎によって描き分けを行うなど、その辺りにかなり意識をして漫画を描かれている印象を受けます。
 

<廣田眞胤「エッチで自分勝手でカワイイ娘」 (一水社) P.65,97>
 
エクスタシー時の嬌声を描き文字で描くか、フォントで表現するかというのも各作家さんの個性が大きく分かれるところだと言えるでしょう。
 
勿論、煽情性以外の部分で「フキダシの中の描き文字」を効果的に用いている作品も多数あります。ここではスミヤ先生の単行本「Romareda」に収録されている「ケアステ」をそういった好例の一つとして挙げたいと思います。
この作品では、デンマーク語を話す異国のヒロインの台詞が全て描き文字によって表現をされており、その丸っこく儚げな印象を与える描き文字がヒロインの少女性を高め、読み手に強い印象を与えると共に、読後の幸福感をより高めることに成功しています。
 

<スミヤ「Romareda」 (茜新社) P.39>
 
漫画表現において、舞台となっている国の言語以外の言葉を描き文字で表現するという手法は、割かしスタンダードな方法論として昔から存在するわけですが、その描き方に少女性を託した作者のセンスが光る良作です。
 
 

■まとめ

「エロ漫画における描き文字表現」について、今回のエントリでは思うままに書かせていただきました。
お陰で、各項目への踏み込みが浅く、散漫な印象になってしまいましたが、こういった部分に注目して見てみると、また作家さんの上手さやおもしろさに気付くことが多々あると私は考えます。
勿論、こういった描写に上手さやおもしろさを見出す視点は、読み手の感性に委ねられる部分が大きいでしょうし、私自身、目が行き届いていない作品や作家さんの意匠に気付いていない作品がまだまだ山のようにあるので、「正解」なんてものは存在しないわけですが…。
ただ、描き文字に注目することで顕在化してくるエロ漫画のおもしろさや、各作家さんの個性やセンスについては今後も自分なりに書き進めていければと思います。
 
最後に、最近の作家さんの中で、個人的に描き文字の使い方にセンスを感じる漫画家さんとして、茜新社の「COMIC天魔」でご活躍をされているのるたる先生のお名前を挙げたいと思います。
単行本は未だ出ておらず、「天魔」本誌にも4回程しか登場していない(商業誌的には)新人の漫画家さんなのですが、ヒロインの豊満な肢体を強調しつつ、作品のポップな雰囲気を形作る描き文字表現の数々は、直接的な「エロさ」とは別の部分で、おもしろさや楽しさを感じるのに充分な求心力を備えています。オススメです。
 


 
 
 
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