「バカとテストと足四の字固め」 - バカテスのプロレス技を用いた演出術について

 

 
テレビアニメバカとテストと召喚獣の中で描かれているプロレス技の描写について、前回こんなエントリを書かせていただきました。
 
■「バカとテストと召喚獣」で、島田美波が左腕でヘッドロックをかけた理由
 
このエントリの中で、私はプロレスには、暗黙のルールとして技を左でかけるセオリーが存在し、そのお約束をアニメの中でもキチンと描いている「バカテス」のプロレス技の再現度についてアレやコレやと言及をしました。
で、今回は更にもう一歩踏み込んで、単なるプロレス技の再現だけでなく、それを利用して行われた「バカテス」の演出術について書いてみたいと思うのです。
 
 

■「ユリとバラと保健体育」での足四の字固め


 
上の画像は、第2問「ユリとバラと保健体育」に登場したワンシーンなのですが、このシーンで島田は足四の字固めに入る際に、明久の右足を掴んで技をかけています。
 

 
前回のエントリでも言及させていただいた通り、プロレスの技は試合をスムーズに、またエキサイティングに行うため、左で技をかけるのがルールであり、マナーなわけです。そして、足四の字固め(=フィギュア・フォー・レッグ・ロック)も通常はこのセオリーに準じます。
 
<リック・フレアーのフィギュア・フォー・レッグ・ロック>

 
上記の動画は、世界で最も有名な足四の字固めの使い手である「狂乱の貴公子」リック・フレアーが必殺の足四の字を決めるシーンなのですが、「バカテス」とは反対に、相手の左足をとって技の体勢に入っているのが分かります。
フレアーの他にも武藤敬司のように、足四の字固めをフェイバリット・ホールド(得意技・必殺技)にしているプロレスラーはいますが、基本的には皆、対戦相手の左足を掴んで技をかけます。
 
「バカテス」の足四の字固めのシーンでは、軸にする足が反対なために相手の足の形も反対になっています。本来なら、技をかけられた方の足が「4」の字を反転させた形になるのが正調の足四の字なのですが、それが逆になっている。また、島田の足四の字だけでなく、明久にプロレス技をかけている清水美春も相手の右腕を取って腕ひしぎ逆十字固めを行っています。
 
これは、前回のエントリで私が言及した劇中でのプロレスのリアリティの再現性とはデティールを異にする描写です。
果して、何故このようにチグハグな場面が登場をしたのでしょうか?
 
 

■左右が逆になっているプロレス技の演出意図

その答えは、「ユリとバラと保健体育」というエピソードのこの後の展開の中に存在します。
学校の屋上で島田と美春に技をかけられたこのシーンの後に、明久は上位クラスである「Aクラス」と試験召喚戦争で戦うことになるのですが、そこで突然、明久が自分が左利きであることを打ち明けるのです。
 

やれやれ、仕方ないな…。今までの僕は、全然本気なんか出しちゃいない。今まで隠していたけど、
 
 
実は僕…左利きなんだ。

 
試験召喚戦争に大事な知力には全く関係のない唐突な告白が、ここでは笑いどころになっているのですが、屋上でかけられた左右が逆転したプロレス技の描写にはシナリオ面での演出の意図があり、明久の果てしなく個人的でどーでもいいミニマムな価値観の逆転の導入部になっていたのではないかと思うのです。
 
左右が逆になったプロレス技は、実は明久の利き腕が逆であるというギャグへの伏線。
 
それを裏打ちするかのように、この直後に島田は屋上で美春が明久の右腕にかけた腕ひしぎ逆十字を、今度はプロレス的に正しく左腕にかけています。これなんかを見ると、かなり意識してプロレスの右と左を描き分けて、しかもそこに何らかのサムシングやニュアンスを持たせているのではないか、という気がしてきます。
 

 
こうしたプロレス技の描写・プロレスにおける左右の暗黙のルールが果してどこまで意識され、アニメに用いられているのかは分かりませんが、もしも意図的にやっているのだとしたら、スタッフは相当なプロレスLOVEの持ち主に違いありません。
 
 

■「南部の麒麟児」ジャック・ブリスコの足四の字固め

では、何故、島田は屋上で数あるプロレス技の中から明久に足四の字固めをかけたのでしょうか? その辺りについて、もうちょっと踏み込んで考えてみたいと思います。
 
先ほど、私は足四の字固めは相手の左足をとって技をかけると書きましたが、実はこの技の使い手の中には右足を掴んで技に入るプロレスラーも存在しているのです。
例えば、先日亡くなったプロレス黄金時代の名選手、「南部の麒麟児」ジャック・ブリスコはそういった選手の代表例と言えます。
 

 
この写真は、週刊プロレス誌上に掲載をされた、彼の追悼記事のものです。
左がジャック・ブリスコのポートレイト。右はブリスコが全日本プロレスに来日した際に、対戦相手のブルーザー・ブロディに場外で足四の字固めをかけている一場面を切り取ったフォトグラフですが、これを見るとブリスコの足四の字は「バカテス」2話の足四の字と同じく、相手の足が「4」の形になっている、つまり技をかける際に相手の右足をとって四の字の体勢に入っていることが分かります。
 
<ジャック・ブリスコ vs. ジャイアント馬場>

 
こちらも同じく全日本プロレスに参戦をした際に、世界の巨人ジャイアント馬場とタイトルマッチを行った際の動画です。序盤、バックドロップで馬場を投げ捨てたブリスコは、やはり相手の右足を掴んで足四の字に入っています。
 
この当時、ブリスコはNWAという大手プロレス団体のチャンピオンであり、アメリカマット界のスーパースターの一人でした。ですから、ブリスコは「技を左でかける」というプロレスの暗黙のルール、マナーを知らなかったわけではありません。
 
実は、「足四の字固め」は、右足にかけても良い技、許される技なのです。
この辺りの定義や線引きは非常に曖昧でプロレスファン以外にはピンとこないかもしれませんが、ヘッドロックを右腕でかけるレスラーはいませんが(もしも、リングでやったならば顰蹙もの、ブーイングもの)、ジャック・ブリスコのように足四の字固めを例外的に右足にかけるレスラーは存在します。
 
つまり、足四の字固めは左右逆にかけても、決してプロレスのルールと、それを基盤にして生み出されるプロレスのリアリティは些かも揺るがない、そんな技なのです。
それを踏まえて考えてみると、「バカテス」で島田が「左右が逆転したプロレス技」をかける際に足四の字固めをかけたかが分かります。そう! 彼女は、後に出てくるギャグの伏線のために、プロレスのセオリーやルールを壊すことなく、左右が逆になっても余り違和感のない足四の字固めをチョイスしたのではないかと思うのです。
 
もしも、そこまでスタッフが計算してやっているのだとしたら…とにかく、凄いとしか言い様がないですね。
 
 

■まとめ

アニメ版「バカとテストと召喚獣」の中で描かれるプロレス技の数々に、ここまで書いてきたような演出上の意図や深いニュアンスが本当に含まれているかどうかは分かりません。
しかしながら、プロレスが虚と実の入り混じった試合展開の中に観客を引きつける輝きが存在するように、深い洞察力に基づいてアニメ的に再構成された「バカテス」のプロレス描写には、プロレスファンの想像力を刺激しまくるエネルギーとイマジネーションを自由に働かせることができる空間、リングが存在しているように感じます。
プロレスファン、アニメファン、双方が楽しむことができる良作…本当に優れたエンターテインメント・コンテンツだと思いますね。
 
 
 
<関連URL>
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