地方出身者による個人的な音楽体験から考える「たまこまーけっと」の"music roots"

 

 
こんばわんば!
 
たまこまーけっとの音楽を聴いていたら、個人的な音楽に対する思い入れであるとか記憶が次々に蘇ってきたので、その辺りをアレやコレやと徒然と書き残すことでエントリを更新。
 
かなり冗長で、しかも、非常に個人的な話であるので、読みづらい上に共感しづらい内容ではありますが、それでもお付き合いをいただければ幸いでございます。

 

■ネットの無い時代、地方出身者にとっての音楽情報を得る方法

自分の生まれと育ちは福岡県で、高校を卒業するまでずっと地元で生活を送っていた。福岡は、昔から音楽が豊かな街で、我々の世代だとスピッツNumber Girl椎名林檎といった福岡出身のアーティストたちが次々にヒットを放ち、日本の音楽史を彩っていた。そんな街で過ごしていたら…しかも、何かとフラストレーションを抱えがちな中学、高校生だと、否が応にもロックやパンクといった音楽へと傾倒していくことになる。
ご多分に漏れず、自分も中学を卒業〜高校入学を果たす頃には、スッカリ音楽好き、ロックファンになっていた。ただ、哀しいかな、福岡という街は、所詮はイチ地方都市。東京の最先端の音楽情報とはかなり隔たりがあった(故に、独特の音楽性やシーンが地元で育まれていて、それがおもしろくもあったのだけれど)。
 
しかも、我が家にはテレビの衛星放送を試聴する環境もインターネットも無かった! …ので、音楽的な知識やニュースを得る環境が全く整っていなかった。主要な音楽に関する情報源は、いくつかの音楽誌と福岡市内で随一の音楽情報量とCDの在庫を持ったレコードショップ「カメレオンレコーズ」や、FM福岡からコアな音楽情報を届けてくれるラジオ番組「セレクトショップU+」(福岡出身の音楽好きなら、どちらも絶対にお世話になっているハズ!)、或いは、NHK FMの「ミュージックスクエア」や「ライブビート」「ポップスアーティスト名鑑」(番組名に"ポップス"…と謳っておきながら、アメリカのハードコア・パンクやイギリスのマニアックなニューウェーヴ系のアーティストが不意にピックアップされたりするおかしな番組だった)といった音楽番組、そして、テレビ東京(福岡の放送局はテレQ)で放送をされていたタワーレコードのチャート番組「TOWER COUNTDOWN」やパンク系の音楽番組「HANG OUT」…くらいしか無かったのだ。
 
そんな我が家に、不意に革命が起こる。住んでいた賃貸マンションで強制的に加入をさせられていたケーブルTVで、ある日、音楽専門チャンネルが映るようになったのだ。
それまでは、地元の祭りの様子だとか、商店街の紹介といったショッパイ内容の番組をダラダラと放送していたケーブルテレビは、突然、音楽が溢れてくる宝箱になった。…とはいっても、視聴ができるのは夕方の6時から8時までの2時間だけという制限はあったけれど…。
 
それでも、今みたいにネットもなく、音楽に関する情報に飢えていた地方の馬鹿高校生(「鋼鉄天使くるみ」とNapalm Deathが好き)からしたら、こんなに有難いことはなかった。何と言っても、地上波の音楽バラエティーでは絶対に入ってこないインディーズのバンドやシーンのニュースを家にいながら見ることができるのだ。それが90年代の終盤くらい。21世紀を目前にして、我が家に遂に最新の音楽情報をキャッチアップできるツールが誕生した。
 
ちなみに、その"音楽枠"で流れていたチャンネルは「ミュージックフリークTV」といった。
 
 

■何だかおかしな音楽専門チャンネル「ミュージックフリークTV」

「ミュージックフリークTV」は、おかしな音楽専門チャンネルだった。詳しいことは分からないけれど、恐らく音楽会社のビーイングが大きな力を持っていて、倉木麻衣愛内里菜GARNET CROW…といったGIZA studioのアーティストのPVがヘビーローテーションで流れていた。この辺のアーティストが、アニメ番組のタイアップで躍進を続けていた頃だ。とはいえ、自分のようにロックやパンク、メタルといった音楽に興味を持っていた人間にとっては、そういった音楽では刺激が足りなかった。
 
観たかったのは、インディーズ系のパンクやメタルが流れてくる情報番組だ。ケーブルテレビで無料視聴をしているので、詳しい番組情報や番組表は分からなかったが、それでも辛抱強くテレビを見続けていたら、そういった番組やアーティストに巡り会うことができた。
 
ある日、「ミュージックフリークTV」を観ていたら、とてつもなく奇妙な見た目のバンドが出てきた。メンバー全員が厚紙で作ったような安っぽいお面を付けている。「何や、コイツら!?」と思っていたら、曲が流れ始めた。ハードコアパンクやメタル、ニューウェーヴ、それから地元出身のNumber Girlがメジャーシーンで切り開いた日本のオルタナ・ミュージック…そうした音楽ばっかり聴いていた人間にとって、そのバンドが奏でるメロディーは恐ろしく新鮮だった。
 
ポップで、でも激しくて、そして、胸にグッと迫ってくる。エモい…。一体、コイツらは何者なんだ!? 調べてみると、彼らはBEAT CRUSADERSというバンドであることが分かった。
 


 
リーダーのhidakaさん以外のメンバーが全員変わって5人編成となり、そして、小林治監督のアニメ「BECK」で音楽を手掛けてアニメに接近し、日本国内のライブフェスから引っ張りだこの人気バンドとなる"前史"の話ではあるけれど、自分は一発でこのバンドのファンになり、そこから日本のインディーズシーンで巻き起こったパンクのムーブメント、メロコアスカコアなんかのインディーズブームに大ハマリすることになる。
 
特に、BALZACが大好きで、高校にも学ランの下に「全能ナル無数ノ目ハ死ヲ指サス」という彼らの中二病感満載のアルバム名がプリントされたTシャツを着込んで登校。そんな日に限って服装検査があり、同学年の生徒全員の前でBALZACシャツを没収され、以後、しばらくの間、周囲から「バルザック」というアダ名で呼ばれたりもした。
 
まぁ、そんな失敗もあったが、とにかく当時は地方にいながら色々な音楽を聴くことができた「ミュージックフリークTV」の恩恵を大いに受けたし、ひたすら楽しかった。まさに、ミュージックフリークTV様さまである。
 
 

■ヘンテコな音楽バラエティー「music roots」

ところで、「ミュージックフリークTV」はユニークな音楽番組が揃っていた。アーティストのPVやインタビューを流す、"普通"の構成の番組も勿論あったが、関西にあるメタル・ミュージック専門のクラブの支配人とDJがただただ喋っているだけの番組とか、R&Bにやたらと詳しい男性が固定カメラに向かって、ひたすらお喋りするだけの番組だとか、如何にも低予算で変な番組が多かったのだ。
 
ちなみに、その「R&Bにやたらと詳しい男性」は、とにかくお喋りが上手くて、話がひたすらにおもしろかった。実は、その男性は松尾潔さんで、その数年後に「ASAYAN」に登場、CHEMISTRYをプロデュースして大ヒットに導く。「え? あの人、そんなに凄い人だったの!?」と、後から本当に驚いた。
 
そんな個性派揃いな「ミュージックフリークTV」の番組の中でも、一際ユニークな番組があった。水本アキラさん司会の音楽バラエティー「music roots」だ。
 
「music roots」は、本当にヘンテコでビザールな音楽番組だった。その特徴は、何と言っても"ゆるい"という一言に尽きると思う。恐らく、番組の構成もコンセプトも人気深夜バラエティータモリ倶楽部」を相当に意識していたのだろうが、ロック・ミュージックの持つ攻撃性や社会性とは一線どころか八億線くらい画するような脱力系の番組。
 


 


 
キリンジのような人気アーティストをゲストに呼んでおきながら、川柳を詠んだり、温いロケを行ったり、当時、コアな音楽リスナーや業界人を巻き込んだ大ブームを起こしていたモーニング娘。に出演者全員でラブレターを書いたり(で、EDでそれぞれが自分のラブレターを音読して番組終了)、30分という枠を使って本当にくだらないことばかりやっていた。
 
また、みうらじゅんさんがレギュラーゲストとして出演をしていた(コーナーゲストで、音楽に関する奇妙な持論を展開したり、「ムカエマ」や「とんまつり」といった"マイブーム"を番組内で紹介していた)のも特徴で、誤解を恐れずにこの言葉を使わせていただけるならば…非常に"サブカル感"に満ちた番組だったと言える。
 
そんな当時の「music roots」の空気感について書かれているテキストをWEB上で発見したので、以下、リンクと引用を。自分が大好きなThe Flaming Lipsと絡めて、この番組が語られているのも個人的には趣深い。
 

原田 そう言えば、この辺の年に、水本アキラがやってた「Rock The Roots」っていうテレビ番組あったの知ってる? みうらじゅんがコーナーで毎回出てたやつ。
 
澤田 知ってますよ。「Rock The Roots」のあとに、「Music Roots」になったんですよね。
 
原田 あれよく見ててさ。その番組の記憶とフレーミング・リップスのこのアルバムが俺の大学時代の記憶としてなんか妙に残ってるんだ。みうらじゅんがテレビに出ているのを見るのも嬉しかったし。ボブ・ディランのことだけ話す人、みたいな役割で。
 
澤田 ロック崖先生って肩書きで出てましたよね。いかにも90年代の話だなあ。後期渋谷系カルチャーを扱った、ゆるトーク・バラエティーみたいな番組でした。あの番組でもモー娘。特集をやってたことは言及しておくべきです!
 
原田 当時の言葉でいう〈こじゃれ〉とモー娘。がリンクした瞬間があったってこと? っていうか、モー娘。の話はもういいよ。
 
■10年前ドットコム 第16回 The Flaming Lips『The Soft Bulletin』(OOPS!)

 
この対話の中でも、「music roots」という音楽番組が持つ"ゆるさ"について言及をされているが、その独特の空気感こそが、やはり、この番組の大きな特徴の一つであり、そこに自分は惹かれていた。「music roots」は、本当におもしろい音楽番組だったのだ。
 
 

■「music roots」がフィーチャーしたオシャレな音楽


 
その独特の番組編成と共に、「music roots」の特色となっていたのが、番組内でフィーチャーをする音楽のハイセンスさであった。企画の圧倒的なくだらなさに反比例するかの如く、番組で取り上げられる音楽やカルチャーは、いずれもオシャレ…前述の対話の言葉を用いるならば<こじゃれ>…なものばかりだったのだ。
 
例えば、Cymbals、例えば、Chocolat、例えば、キリンジ、例えば、写真家の常盤響さん…といったバンド、クリエイターが番組に頻繁にゲスト出演をし、その楽曲がフィーチャーをされていた記憶がある。また、「music roots」司会の水本アキラは、常磐響TMVGというDJユニットをやっていて、彼らが出演をしたクラブイベントの様子が放映されていたりもした。そうしたシーン、カルチャーを基盤に、様々な音楽情報を届けてくれる「music roots」は地方在住者である自分のような人間にとっては、堪らなく刺激的な番組だった。
 
ギターポップハウス・ミュージック、クラブ・カルチャー、モンド・ミュージックフレンチ・ポップ、カメラ、古着、サブカルっぽい漫画、渋谷の巨大なタワーレコード…。
 
いずれも、福岡という一地方に住んでいる高校生にはなかなかに敷居が高く、体験しがたいものだ。カジヒデキカヒミ・カリィには馴染みが無かったし、フリッパーズ・ギターは、意識して音楽を聴き始める頃には既に小沢健二コーネリアスに分かれてしまっていた世代の人間だけれど、そんな自分にとって「music roots」は、まさに10年遅れてきた"渋谷系"だったと言える。あの番組でピックアップされるオシャレな音楽や渋谷を拠点にした東京の風景には本当に憧れたものだ。
 
そんな、後期"渋谷系"の集大成的な「music roots」の中でも、強く印象に残っているアーティストがinstant cytronだ。ヴォーカルの片岡知子さんのコケティッシュなキャラクターとウィスパーボイス。番組内でも結構なプッシュを受けていて、このユニットの楽曲は、確か「music roots」のEDにもなっていたし、アルバムがリリースされた時は、数週に渡ってゲストトークをする特別企画もあったように思う。
 
<インスタント・シトロン / walkin' in wonderland>

 
余談ではあるが、このinstant cytronは福岡出身で、福岡の人気ローカル・バラエティー「気ままにLB」(自転車で人気の飲食店を巡る「ちゃりんこグルメ」という名物企画が大人気)のOPテーマにフィーチャーされている、福岡出身者には馴染みの強い音楽ユニットである。福岡にいた人間なら、instant cytronのこの曲、誰もが一度は聴いたことがあるでしょ?
 
 

■そして「music roots」から「たまこまーけっと」へ

「music roots」は、やがて「ミュージックフリークTV」の有料チャンネル化に伴って、自宅では視聴できなくなってしまった。それまで、渋谷系の最先端の音楽カルチャーを届けていてくれたケーブルテレビは、再び地元の超ローカルなニュースとテレビショッピングを流すだけの放送局になってしまい、もうチャンネルを合わせることもなくなった。
 
だけど、音楽や人生というのは本当に不思議でおもしろいもので、自分は今、地元を出て高校生の頃に憧れていた東京へと住居を移し、この地で仕事をし、生活をしている。渋谷でオシャレなカルチャーに囲まれて生活するには、ちょっと…というか、大分、稼ぎが足らずに残念ながら東京都下住まいではあるものの、思う存分、東京という街で音楽を楽しんでいる。
 
さて、そんな中で観る京都アニメーションの新作アニメ「たまこまーけっと」だ。
 
このアニメでは劇中のBGMとOP曲を、あのinstant cytron片岡知子さんが手掛けられている。福岡にいた頃、一日にたったの2時間しか映らない「ミュージックフリークTV」の「music roots」というヘンテコな音楽バラエティーで出会い、同郷出身で、地元で土曜日の朝に放送されるローカル情報番組のOPを歌っていたから、勝手に妙なシンパシーを感じていたinstant cytronの片岡さんが…だ。
 
更に、片岡さんが所属をし、「たまこまーけっと」の音楽を全面的にバックアップをしているマニュアル・オブ・エラーズ・アーティスツには、常盤響さんもいる。個人的には…もう、これだけで、本作に対して"渋谷系"の匂いを強く感じるし、どうしたって、地元の福岡で「music roots」を観て、余りのくだらなさに笑いながら…でも、ハイセンスな音楽と文化に憧憬を感じていた"あの頃"を意識してしまう。
 
実際、たまこまーけっと」の音楽は、いずれも後期渋谷系カルチャーのテイストを残すサウンドだ。「music roots」は、後期の渋谷系カルチャーを扱った番組で、そこから更に10年以上が経過をしてしまっているのだけれど、2013年の話題作となったアニメで…"渋谷系"のテイストを持った音楽とミュージシャンがアニメをクリエイトしているのは、個人的には何ともエキサイティングだし、とてつもなくおもしろいと思う。実は、「たまこまーけっと」以前にも、instant cytronや片岡さんによるアニメ関係の仕事もあるにはあるのだけれど、"渋谷系"を強く意識したであろう「たまこまーけっと」という作品で、この人たちの音楽に再会できたことには、やはり特別な感慨がある。
 
地方にいた頃、「music roots」で10年遅れてきた渋谷系に出会い、それから、また10年後に、自分はアニメ作品で渋谷系サウンドに遭遇している。
 
それは、高校生の頃に「music roots」と同時期に夢中になって聴いていたCOALTAR OF THE DEEPERSNARASAKIさんが「はなまる幼稚園」の音楽を手掛け、DMBQバッファロー・ドーターのメンバーによるユニット、METALCHICKSが「HEROMAN」の楽曲を担当した瞬間…ロック・ミュージックとアニメの音楽がクロスオーヴァーを果たした瞬間…と同じくらいの刺激と熱量を自分の中で持っているのだと思う。
 
福岡という地方で、音楽番組を通して、憧れていた渋谷系の音に、「たまこまーけっと」というアニメを通して、10数年ぶりに再会することになるなんて思ってもみなかった。冒頭にも書いたように、これって物凄く個人的に共感されづらいエピソードだと思うのだけれど…でも、一言だけ言わせてもらえるならば、音楽とアニメはやっぱり最高だと再確認できる。そんな超私的ながらも素敵な体験ではある。
 
個人的な思い入れと記憶も込みで、感性に迫ってくる「たまこまーけっと」の音楽。やはり、「けいおん!」にも通じる音楽的な懐を持ったアニメ作品ですね。
 
 
※追記※
何だか、色々な人に本エントリを読んでいただけているようで、ありがとうございます。
勢いだけでガーッと書いたエントリで、ちょっと言葉足らずな箇所があったので、ちょっと追記を。
本エントリで繰り返し使用している、また、「たまこまーけっと」に感じている"渋谷系"とは、フリッパーズやピチカートのような初期〜中期の渋谷系のそれではなく、「music roots」でピックアップをされていたような90年台終盤〜2000年台初頭のそれを指しています。
渋谷系とアニメの接近は、ROUND TABLE小西康陽さんによる「School Rumble」ED、或いは「ちびまる子ちゃん」におけるカヒミ・カリィ…と、沢山の前例がありますからね。何だか自分の書き方だと、「たまこまーけっと」で、いきなり渋谷系の音がアニメに登場した…みたいな印象を与えかねない(スイマセン、文章が下手で…)ので、そこはちゃんと書いておかなければならないな、と。
ただ、世代的に自分はフリッパーズやピチカートとは、隔たりがありまして、故に自分が親しみのある後期の渋谷系人脈による「たまこまーけっと」からは特別な感慨を受ける…ということを言いたかったのです。
 
 
 
<関連URL>
■Fairground〜ミズモトアキラ独り会(乙女座ラプソディ様)
「music roots」について色々と検索をしていたら見つけた水本アキラさんのトークイベントの参加レポ。しかも、書かれている方のBLOGのタイトルはキリンジ。素敵!