プロレスファンとして「世界でいちばん強くなりたい!」に感じる恍惚と不安

 

 
今月から放送をスタートした女子プロレスアニメ世界でいちばん強くなりたい!
 
プロレスファンの自分としては、本作品に大きな期待を抱くと共に、その期待と同じボリュームで不安も感じていました。総じていうと、その不安というのは「女子プロアニメを謳っているけれど、実際はただただ女性声優さんが喘ぐだけのエッチなアニメなんじゃないか? "プロレス"という競技や概念がおざなりになってしまうのではないか?」というポイントに集約をされます。
 
そんなこんなで、「せかつよ」を第2話まで視聴。プロレスファンとしての目線で、このアニメを観た現時点での感想は「プロレスアニメとして物足りない部分もあるけれど、楽しい部分もある」という感じ。そんなこんなで、プロレスファンが語る「せかつよ」にまつわるアレやコレやでエントリを更新! ショッパイ試合をしたら即、スクワット!!(山本小鉄方式)
 
 

■「せかつよ」のプロレス描写について

先ずは、「世界でいちばん強くなりたい!」のプロレスシーンについて。このアニメの場合、プロレスシーンというのは、女の娘のエッチなポーズや声を演出する為のギミックとして機能している場合が多く、やはり、"プロレスアニメ"として観てしまうとやや物足りなく感じてしまいます。
 

 
プロレスのダイナミズムや構成美ではなく、お色気に重きが置かれている故に技の描写は途切れ途切れになり、カメラの動きを追えば、胸や股間へのクローズアップを多用している為にプロレス特有の試合の"流れ"を描くのが難しくなっている。「せかつよ」で描かれる試合のシーンは、どちらかというとプロレスよりもキャットファイトのそれに近いものを感じます。同じ女子同士の格闘技でも、プロレスのように優れた身体能力や試合内容よりもお色気、エロティシズムを見せることを重要視しているのがキャットファイト。本作のプロレス描写に関しては、お色気シーンの為のブースターとして割り切って観るのが正しい接し方なのかな、と。
 
そういうわけで、作品のテーマやコンセプトを考えれば仕方がない部分もあるんですが、やはり、もどかしさみたいなものを感じてしまう「せかつよ」のプロレス描写。しかしながら、一方で「せかつよ」はプロレスファンに強くアピールできる要素も併せ持っているように感じます。簡単に言うと、劇中のちょっとした描写や小ネタの数々がなかなかにプロレス者のツボを突いてくるんです。
 
 

■「せかつよ」のプロレスネタの数々

例えば、この作品に登場するキャラクターの名前。女子プロ団体「ベルセルク」に所属をするレスラー、豊田美咲風間璃緒の苗字は、恐らく、女子プロレスラー豊田真奈美風間ルミから取られている。そして、主人公である萩原さくらの名前は、かつて全日本女子プロレスでタレントから女子プロレスラーに転身をしたミミ萩原から拝借をしているのではないかな、と。
 

<週刊プロレス No.1581 (ベースボールマガジン社刊) P.87>
 
ミミ萩原は、モデルや歌手、ドラマ出演を経て女子プロに進んだレスラーで、いわば、アイドルレスラーやタレントレスラーの原点とも言える存在。デビュー当時は、前座で連戦連敗し、相手レスラーの技を食らっては苦悶の表情を見せる…というエロティックな姿が世の男性プロレスファンのハートを掴んだらしく、全女の会場に多数の男性ファンを呼び込んだといいます。つまりは、「せかつよ」で、さくらがやっているプロレスを地でやっていたわけですね。いわば元祖「せかつよ」。恐らくは、「せかつよ」の作者さんも、彼女のレスラー遍歴をアイドルからプロレスラーになる主人公の姿に重ねあわせ、苗字を取ったのではないかと思います。
 
この辺り、ちゃんと作者さんも女子プロの歴史であるとか、流れみたいなものをキチンと把握した上でキャラクター作り、ストーリー構成を考えていることが伝わってきます。で、やっぱりこういう小ネタみたいなものはファンにとって、とてつもなく楽しいし、作り手や作品に対して親近感も持てる。
 
また、アニメ版では女子プロ団体のスターダム、そして、大谷晋二郎率いるZERO1という2つのプロレス団体が協力をしているようで、それもあってか、練習風景であるとかの細かい描写が何気に精密に描かれています。
 

 
一例を挙げると、第二話のさくらがプッシュアップ(腕立て伏せ)をするシーン。お尻を大きく突き上げ、身体を前後に激しくストロークさせる…という独特のフォームをとっていますが、これっていうのは、新日本プロレスに伝わる伝統のプッシュアップのフォームだったりします。
 
<新日本プロレス / 道場での練習風景>

 
この肉体への負荷を大きくした"新日式"のプッシュアップは、多くのプロレスラーが行うトレーニング方法。そして、「せかつよ」のプッシュアップのシーンでも、同じフォームでのプッシュアップが描かれていた。お尻が大写しになっていたので、パッと見はエロティックなシーンなんですが、実は、そこはキチンと"プロレス流"に描かれているんです。こういう細かい部分が妙に凝っているのは、実際のプロレス団体がアドバイザー的に参加をしている賜物なのかな、と。
 
 

■「せかつよ」を観るプロレスファンの恍惚と不安

こういった小ネタの数々の他にも、プロレスファンが「せかつよ」を観ていて心惹かれる部分は沢山あります。それは、ロケーションに基づいてアニメの中で再現をされた後楽園ホールだったり、観客の様子だったり…。さくらの応援団が、垂れ幕を掛けてバルコニーから応援するシーンなんて、後楽園ホールに通うプロレスファンにとっては、凄くリアルな光景というか"あるある"なんです。後楽園ホールは2階のバルコニーを観客に開放していて立ち見席で安く試合を観れる上に、選手や団体を応援する垂れ幕を掛けることもできる為、熱狂的なプロレスファンや学生ファンがこぞって集まるんです。あと、あそこから葛西純とか松永とか飛んだな〜とか、そういうプロレスネタをアニメを観ている中で連想するのも楽しい。
 

 
EDでアイドルグループが後楽園ホールの中で歌って踊るシーンも素晴らしいです。後楽園ホールの北側の木製の椅子席が背景に映ってたりとか。場外乱闘とかがあると、プロレスラーがあの「北」って描いてある鉄板製のプレートに頭ガンガンぶつけられてね。だいたい、シャドウWXとかが流血しますから
こんな具合に、いつも観ている試合会場の風景がアニメに出てきたら、それはファンとして嬉しいもの。試合内容に関しては、正直、百点満点とは言い難いものの、プロレスファンならばやはり観ていて楽しい、グッとくる風景や描写がある。それが、「世界でいちばん強くなりたい!」という作品の醍醐味の一つでもあるのかな、と。
 
そんなこんなで、プロレスがお色気シーンの為のジャンプ台になってしまっている感はありますが、それでも、こだわりを持ったシーンが出てくることもあるのが「せかつよ」。分かる人には分かる。そして、分かり過ぎるからこそ、ちょっと観ていてもどかしいところもある。
 
いわば、「選ばれし者の恍惚と不安、二つ我にあり」…なんて、かつて前田日明が第二次UWFを旗揚げする時に残した名言の引用(正確には、この前田の言葉も太宰治の本からの引用で、その太宰もフランスの詩人が残した詩の一節から言葉を持ってきているので、つまりは孫引きの更なる引用…ひ孫引きくらいの流用に次ぐ流用)したくなるくらい、「世界でいちばん強くなりたい!」という作品は、プロレスファンとしての自分の意識と自我の間で良い点と悪い点が同時に感じさせてくれる作品で、故に、目が離せない作品でもあります。竹達さんの体当たりっぷりも込みで、何だか応援をしたくなるアニメですね。