スカイ・クロラと戦争とゲームと繰り返される時間軸


 
渋谷からの帰り道、電車の中で昨日観た映画のことをずっと考えていた。
 
吉祥寺で観た押井守「スカイ・クロラ」だ。
 
正直、観た直後は「これは凄い!間違いなく傑作だ!」という感想を抱いたのだが、どこがどう凄かったのか?と問われると、ちょっと答えに窮してしまう映画だ。
おもしろかったけど、僕はそのおもしろさを、観て一日時間をおいた今も消化不良のままでいる。
 
その辺の「消化不良感」は未見の人も、以下のエントリーを見ていただければ伝わると思う。(それにしても、謎の多いあの映画の感想や評価を、ここまで理論立てて書くことができる人がいるなんて…僕も、100分の1でもいいから、こういう文章が書けるようになりたいよ。トホホ…)
 
「スカイクロラ」が眠くなっちゃうのは当然かも〜細かすぎて伝わらない演出〜CommentsAdd Star
押井守「スカイクロラ」
「スカイ・クロラ」でひどい目に遭う
『スカイ・クロラ』を見て、若い人たちに伝えたい事を勝手に受信してきたぜ
 
何でNEW WAVEバンドのライブ観た帰り道に、この映画のことを考えていたのかは謎だが、きっとこの映画で描かれる永遠に年をとらない「キルドレ」が生きる「繰り返される時間」(押井映画の永遠のモチーフだ)と、Killing Jokeが年をとりながら歩んでいる時間の流れが、ものの見事に対照的で、僕がこの二日間で体験した「映画」と「音楽」という二つの異なる表現ジャンルをイメージ的に結び付けたんだと思う。
 
で、僕なりに「スカイ・クロラ」の感想を書いていこうと思うんだけど、以下ネタバレを含むので収納。
 
 
押井監督は、この映画に「若者向けのメッセージ」を込めたらしいけど、映画館に集まった周囲の観客たち(以外にも、サブカル好きそうな女の子グループや、美大生っぽい子が多かった。いかにも、アニメファンって感じじゃなくて、服装なんかもオシャレな感じがしたな)の反応は、寝てたか、もしくは「つまんない」「意味分かんない」であり、監督の試みが上手くいってたかというと、それはちょっと疑問だ。
 
「意味分かんない」
 
という意見には僕も大方賛成で、観た直後は何よりも映画の端々に出てくる「謎」にばっかり、意識が集中していた。
 
例えば、何で草薙水素だけがキルドレの中でも特別な存在でありえるのか?とか。
 
そもそもキルドレの存在自体が良く分からない。
年をとらない存在で、「平和維持のための戦争」を一手に任せられるということは、何らかの特殊な力を持って生まれてきた特別な存在なのだろうが、どういうわけか「ティーチャー」と呼ばれる敵国のパイロットには「絶対に」勝つことができない。
この「ティーチャーに勝てない」という条件は絶対で、主人公である函南優一の戦友であるキルドレ達はティーチャーの手によって次々に命を落とし、最期には函南自身が戦いを挑むものの、無情にも殺されてしまうのだ。
 
函南はラストでティーチャーのことを「Father」と呼ぶ。
 
「君たち若者は、永遠に父の世代に勝つことはできない、時代の閉塞感の原因はそこにあるんだろ?」という監督のメッセージなのだろうか?
 
だとしたら、それっていうのは単純に監督の考え過ぎのような気がするんだよな〜。
 
まず、「キルドレティーチャー(Father)に勝てない」って描写に、イマイチ説得力を感じないんだよ。
それっていうのは、キルドレが生まれてきた経緯だとか、戦争をやっている理由だとかが、劇中で明らかになってくるにつけ、「ゲームっぽい」っていう印象を受けてしまうから。
 
僕の中では「ティーチャー」は絶対的なゲームマスターで、キルドレは「ゲームマスターに勝てない」っていうプログラムをされたゲームのキャラクターのような存在っていうイメージ。
観ていると登場人物達に、上記したような凄く薄っぺらい印象を持ってしまって、戦争の描写自体も何だかモヤモヤした印象を受けてしまった。
 
テレビゲームでは戦争で死んでしまっても、リセットしてまた始まり。
スカイ・クロラ」では戦争で死んでしまっても、生まれ変わってまた始まり。
 
こう書くと、「スカイ・クロラ」で描かれる戦争ってゲームの感覚に近接しているような気がするし、益々劇中での戦争と死の描写にリアリティーを感じられなくなってくる。あの映画を観て、こんなイメージを受けたのって、僕だけかなぁ?
 
それから、この映画のメインターゲットである押井監督言うところの「若者」が、そこまで閉塞感を抱いてるとか、現実に絶望しているっていうのも、考え過ぎだと思うんだよ。
 
実際は、やなことあっても、辛いことがあっても、何となく時間は過ぎていくし、流れていく時間の中に身をまかせて生きていくしかない。
キルドレみたいに「繰り返される時間の中に身を置く」なんていうのは現実にはありえないわけで、う〜ん、何だろう?「若者は閉塞しているに違いない!」っていうのを前提に置いて制作をされている「スカイ・クロラ」には、新聞の社説だとか読者投稿を見た時のような居心地の悪さを感じてしまう。
 
何か思ったことを素直に書いていったら、あの映画に対して否定的な意見ばっかりになったけど、いや、でも僕は好きだったんだよなぁ〜「スカイ・クロラ」。
うん、確かにおもしろかったよ。
 
まぁ、年をくいながらでもロックをし続けるKilling Jokeのカッコ良さに比べたら、そのおもしろさっていうのはずっと劣っていると思うけれど。