原作を知っている人のアニメの見方は、音楽ライブの楽しみ方に似ているという話

 
先日、友人に誘われてある女性ミュージシャンのライブに行って参りました。
今回のライブは、この「友人に誘われて」というのがポイントでして、友人はそのミュージシャンのファン。私はその方の曲を全くといっていいほど知らない状態でライブを観たのです。
 
ほぼ前知識なし。非常にフラットな状態で観たライブは、大変に素晴らしいものでした。
 
歌唱力や楽曲の素晴らしさ、バックバンドの演奏力、そして会場の雰囲気やエンターテインメントとしての完成度。アンコールも含めて過不足なしの2時間30分。心から楽しめ、感動できる良いライブでした。
そんな素晴らしいライブを観た後は、当然その内容について話をしたくなります。私たちは終演後、駅の近所のファミレスでライブの感想を語り合いました。
 
と、ここでのやり取りの中で、友人がハッとするようなことを言ったのです。
 
 

■音楽ライブ:知ってる人と知らない人の楽しみ方の違い

お互いにライブを楽しみ、大いに感動をしたことに変わりはなかったのですが、友人は更に「でも、贅沢を言うなら他にも聴きたい曲があった」とか「あの曲はCDで聴いた時は、あんまりピンとこなかったけど生で聴いたら迫力があってとても良かった」など、事前にアーティストの音楽性や楽曲の知識があるファンの目線から感想を言ったのです。
それに対して、前知識がない私は「聴きたい曲」も「CDとライブでの楽曲の違い」も知らないわけで、その場その場で「この曲は特に良い」とか「鍵盤の音が素晴らしい」といった割と単純な判断を、その都度行っていたことに気がつきました。
 
事前にそのミュージシャンの楽曲やパーソナリティー「知ってる人」「知らない人」
もちろん、お互いにライブの空間を楽しんだわけで、そこでの感動の質に優劣はないわけですが、前知識やミュージシャンに対する思い入れがある友人の方が、より深い感性でライブを観ていたというわけです。
当たり前といえば当たり前ですが、なかなか知らないミュージシャンのライブに足を運ぶなんて機会はないわけで、この友人と私とのライブの見方の違い、音楽との接し方の違いが、私にはとても新鮮で興味深く感じられたのです。
 
ネットに限らず大量の情報量が飛び交っている時代ですので、ファンのBBSによる書き込み等で時前にセットリストを知った状態でライブを観に行く、なんてことも今では珍しいことではないのかもしれませんが、基本的に音楽ライブというものは当日その会場に着いて初めてその構成を知るものです。
ですから、自分の好きなアーティストが自分の好きな曲を演奏してくれるかどうかは、その瞬間にならないと分かりませんし、その曲がCDで聴いた時と同じ感性で響くかどうかも分かりません。生演奏で聴いてみると、全く違ったイメージの曲に聞こえるかもしれないし、ライブでは大幅なアレンジが加えられているかもしれない。
 
録音メディアにパッケージングされたアーティストなり楽曲なりのイメージと、生で見聞きするイメージの違いを楽しむ、というのは音楽ライブにおける大きな楽しみであるように思います。そして、それは当然ながら観る側の知識量や思い入れによって差がでてくるわけです。
 
ここで、ふと思ったのが、アニメ作品においても同じことが言えるのではないか? ということです。
漫画や小説といった原作があるアニメ作品では、アニメ化の際に様々な「変化」が起こります。この辺り、ちょっと音楽ライブとも近いものがあるように思うのです。以下、私が「音楽ライブでの楽しみ方」「原作ファンがアニメ版を観る時の楽しみ方」の共通点について書いてみたいと思います。
 
 

■原作版とアニメ版:取捨選択とアレンジ

私が子どもの頃は一年とか二年とか長いスパンで放送されるアニメが多かったので、話の流れが原作に追いついてしまい、帳尻を合わせるためにオリジナルのエピソードを挿入するなんてこともよくあったのですが、現在では、ほとんどのアニメが1〜2クールという昔に比べると短い期間で放送されています。
こうした体制の中で、原作つきのアニメを製作する際に特に重要になるのが原作のエピソードの取捨選択だと思うのです。
漫画や小説と違い、アニメには「放映期間」という時間的制約があるのですから、1〜2クールのアニメ作品に原作のエピソードやネタを全て詰め込むのには無理があります。ですから、スタッフは原作の漫画や小説をアニメ化する際、その中からアニメで描く部分と、オミットする部分を選び出します。
 
そうして完成したアニメ版を、原作を知らずに観た人は何の抵抗もなく受け入れますが、原作ファンはその取捨選択のセンスに対して様々な感想を抱きます。それは「あ〜、このエピソードは削らずにキチンと入れてくれたんだ。原作でも大好きだったから嬉しいなぁ」の場合もあれば「え〜、あのネタ削っちゃったの!? あんなにおもしろいに…勿体無い…」となる場合もあります。
 
また、原作で好きなエピソードやネタがアニメで出てきたからといって、それがまんま原作と同じように描かれているとは限りません。原作は原作、アニメはアニメなのですから、同じことをやっているハズなのに全く違うように感じることもありますし、アニメスタッフの作風や解釈の仕方によって大幅なアレンジがされている場合もあります。そこでもやはり、原作を知っている受け手としては「原作よりも、より素晴らしくなっている」と感じることもあれば「アレンジを加え過ぎて、正直残念な感じ…」になっている場合もあるわけです。
 
優れたミュージシャンはライブにおいて「ファンが喜ぶ選曲(セットリスト)」「CD版とはまた異なったライブならではの楽曲の魅力」でファンを魅了します。優れた原作つきのアニメ作品にも、やはり同じようなことが言えて「原作ファンが喜ぶエピソードやネタのチョイス」「アニメ版ならではの改変やアレンジ」に、ファンは魅力を感じているのではないかと思うのです。
 
そして人気がある作品というのは、この辺りのセンスに秀でているように思うのです。例えば、私にとってのそれはアニメ版の「あずまんが大王」や「ARIA」シリーズであり、吉田玲子さんや金巻兼一さん、岡田麿里さんといった大好きな脚本家の方が構成を担当されたアニメ作品の数々です。
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とらドラ!」や「けいおん!」といった昨今の人気アニメ作品も、この辺りの原作エピソードの取捨選択のセンスとアニメ化する際のアレンジ力に長けているように思います。ライブで好きな曲がセットリストに入っていると、とても嬉しい気持ちになるのと同じように、こうした作品を観ていて、お気に入りのエピソードやネタがアニメの中で描かれていると、とても幸福な気持ちになりますし、アニメ版を観てまた新たな魅力を感じることもあります。
 
原作を知っている人のアニメの見方や楽しみ方って、ファンの目線から観る音楽ライブの楽しみ方によく似ていると思うのです。
 
 

■まとめみたいなもの

以前、ネット上で原作付きのアニメ作品を音楽に例えて「原作のリミックス」と評した文章を読んだことがあり、「上手いこと言うなぁ…」と感心した覚えがあるのですが、事前に原作を知った上でアニメ版を楽しむという行為は、好きなミュージシャンのライブでの楽しみ方に例えた方が、作り手側のセンスをより的確に表すことができるような気がするのです。
 
「アニメ版は原作のライブ・ヴァージョン」。個人的には、結構シックリくる比喩なんですけど…どうでしょうかね?