萌え四コマを楽しむために一番大事なのは想像力

 
私が好きで好きで仕方がない漫画作品の一つに、小箱とたん先生が「COMIC BLADE」で連載をされている「スケッチブック」があります。
高校の美術部員たちの日常を緩やかに優しい視点から描いた四コマ漫画で、読んでいると大変優しい気持ちになれるのです。
 


 
そんな「スケッチブック」に最近新しいキャラクターが登場しました。このキャラクターというのが、今までとはちょっと違った視点から描かれていて、ファンとしても非常に新鮮な気持ちで読むことができます。
というのが、「スケッチブック」に新しく登場をした「高嶺」「渓」という二人のキャラクター。この娘たちが、美術部とは接点を持たない「外」のキャラクターとして描かれているのです。
 
今回のエントリでは、この「スケッチブック」という作品の新たな登場人物である高嶺と渓という二人のキャラクターについて考えつつ、「萌え四コマ」という漫画ジャンルにおける自分なりの楽しみ方について書いてみたいと思います。
 
 

■高嶺と渓の登場で感じた「スケッチブック」の奥行き

「スケッチブック」は前述の通り、高校の美術部を舞台にした四コマ漫画です。ですから、漫画の中で描かれる笑いやドラマのほとんどは、美術部員同士の人間関係を起点として描かれていきます。
対して、高嶺と渓は「スケッチブック」の主人公である「梶原空」の友人(クラスメイト?)として漫画の中に登場をします。この二人は帰宅部なので、友人としての空の姿を知ってはいますが、美術部員としての彼女の姿は知りません。
 


 
私の中で最も興味深かったのは漫画の中で、美術部の「外」にいるキャラクターがこの漫画の中で初めて描かれたということです。
結構長いこと連載をされている漫画で*1、これまでも美術部のOBであるとか各キャラクターの親戚や家族といったサブキャラクターは登場していたのですが、高嶺と渓のようなキャラクターはファンにとっても新鮮であり、主人公の空に美術部員以外の友人関係があったというのは非常に驚きだったりします。
 
そして、彼女たちの登場は「スケッチブック」という作品に対する私たちのイマジネーションを大いに刺激してくれるのです。つまり、今まで漫画の中で描かれてはいなかったけれど、空には美術部の活動以外にも彼女が過ごしている漫画の中の時間というのが存在していて、そこでの交友関係や生活というものがあったのだということ。そして、それは空だけではなく麻生さんや葉月といった他のキャラクター達にも同じことが言えるのではないか、といった想像力を作品に対して働かせてくれる余地を設けてくれたのです。
こういう読み手の想像力を膨らましてくれるような描写やキャラクターっていうのは、とても楽しいものですよね。
 
 

■「萌え四コマ」と「ストーリーもののギャグ漫画」の差異

「スケッチブック」に限らず、「四コマ漫画」において、こうした読み手の想像力を刺激するような描写というのは、かなり重要であるように思います。
ここでいう「四コマ漫画」というのは、「ひだまりスケッチ」とか「けいおん!」のような、芳文社の「きらら」系のコミックを代表とする、所謂「萌え四コマ」と呼ばれる漫画ジャンルを指しているのですが、こういった漫画作品は月刊誌での連載が多いため連載ペースが遅くページ数も少なめです。また、「四コマ」という漫画ジャンルの特性上、四つのコマを使用する度にオチをつけ話を完結させなければなりません。
そのため、週刊誌で連載されているストーリーもののギャグ漫画なんかに比べると、学園モノとか部活モノとか作品内でのテーマが限定的で、キャラクター同士の関係性もある程度閉鎖された空間の中で行われがちです。
 
例えば、ここで「週刊誌で連載されているストーリーもののギャグ漫画」の例として、週刊少年チャンピオンで連載中の桜井のりお先生のみつどもえを比較の対象にしたいと思います。
みつどもえ 1 (少年チャンピオン・コミックス)

みつどもえ 1 (少年チャンピオン・コミックス)

この漫画の中には、多数のキャラクターが登場します。そして新しいキャラクターが登場すると、そのキャラクターが次々に他のキャラクターとリンクをしていき、大きな相関図を形成することになります。また、漫画が進んでいくうちにどんどんキャラクターの性格が変化していくのも「みつどもえ」という漫画の大きな魅力であり特徴と言えるでしょう。
こうした「みつどもえ」の作風は、作者である桜井のりお先生の漫画家としての技量に依るところが大きいと思うのですが、やはり週刊連載というスピード感と、自由度の高いコマ割りが使え、話を次々に展開させることができるストーリー漫画というジャンルの強みも大いに貢献をしているように思うのです。
 
対して、連載の速度やコマの使い方に制約のある「萌え四コマ」は、キャラクターの性格や登場人物をある程度固定した上で作品世界を構成していきます。
そして、ファンにとってはこの中で紡がれていく少数のキャラクター同士の強い関係性こそが「萌え四コマ」の魅力であるように思います。
例えば、「ひだまり荘」というアパートを舞台に、その住人である少女たちの日常を描いた、蒼井うめ先生のひだまりスケッチなんかはそうした「萌え四コマ」の魅力を強く体現しているように感じます。
ひだまりスケッチ (1) (まんがタイムKRコミックス)

ひだまりスケッチ (1) (まんがタイムKRコミックス)

しかしながら、こうした人間関係や舞台となる空間が限定的であるが故にキャラクターの魅力は上手く描けても、物語やドラマが描きにくいという特徴もあります。
 
 

■漫画の背景に思いを巡らせる楽しみ

もっとも、「萌え四コマ」の中でも、優れたストーリー性を持つ作品や、ユニークな表現方法を用いて作品内にスピード感やグルーヴを持たせている作品も存在しますし、漫画内でのキャラクターや物語性の揺らぎ、ブレが少ないので、読む側としては安心をして読めるという利点もあるわけですが、基本的にはやはり「萌え四コマ」は、大きな範囲でのキャラクターの関係性や物語を紡いでいくには、ちょっと不利なジャンルであるように思うのです*2
 
漫画が好きな人の間で時折語られる「中身がない」とか「キャラクターが類型的になりがち」といった「萌え四コマ」に対する意見も、この辺りのある程度閉じられた世界観や物語性への弱さに対する違和感から生じているのではないでしょうか?
 
しかしながら、私は「萌え四コマ」を楽しむために最も重要なのは、漫画の中で描かれている情報だけではなく、その背景にについて想像力を働かせることではないかと思うのです。
 
漫画の中で私たちが見ているキャラクターの姿というのは、本当に極々一部の面だけで、漫画には出てこないけれど各々のキャラクターには、それぞれの友達や家族がいて生活を送っているハズではないか?
「スケッチブック」で高嶺と渓という新たなキャラクターの登場が、今まで描かれることがなかった主人公の部活外の学校生活や交友関係について読者のイマジネーションを刺激したように、「萌え四コマ」は漫画の中で描かれるキャラクターやテーマといった情報量がある程度限定される分、よりそういった想像力を働かせる余地が存在しているのではないかと私は思うのです。
 
例えば、「けいおん!」や「らき☆すた」といった人気作品がアニメされた際に盛り込まれた、物語性の追及やアニメ版での人間関係の変化、数多くのオマケ要素といった「改変」の数々も、つまりはそういった想像力というかファン目線での「妄想力」を起点としているように思うのです。
アニメ版でのこうした改変は、ファンの想像力を大いに刺激し、原作の四コマに描かれていた以上の情報や物語を提供してくれます。だから、こうした作品のアニメ版は、優れたドラマ性を持った作品として評価されもしたのではないかと。
 
そういう点では、「萌え四コマ」という漫画ジャンルは、決して「中身がない」ということにはならないのではないかと思うのです。漫画内の情報量が少ない分、要は「中身」はこちらの想像力に委ねられる部分が大きいのであって、漫画としての楽しみ方もストーリーもののギャグ漫画なんかとは差異があるのではないかな、と。
そして、漫画の中の「そういう部分」に対して、大いにイマジネーションを働かせて楽しむことこそ、こうした漫画作品の醍醐味ではないでしょうか?
 
 
<関連URL>
■萌え4コマアニメ化とエロゲにおける「無理」について(G.A.W.様)
 
 
最後に、「スケッチブック」の話をちょっとだけ。
「スケッチブック」って、ちょっと変わった人たちにとても優しい漫画だと思うんです。
主人公の梶原空は、ちょっぴり人見知りで他人とのコミュニケーションが苦手な女の娘だけど、個性豊かな美術部のメンバーに囲まれて、日々のちょっとした発見や日常の小さな幸せに心を躍らせながら楽しそうに漫画の中の時間を生きている。
でも、彼女のことを受け入れてくれる美術部の空間の中では良くても、あそこまでマイペースだと普段の学校生活はどうなのか? なんてフト不安になることがあったのです。ファンとしては。
そんな中で登場した高嶺と渓という二人のキャラクター。空に美術部員以外の同学年の友達がいたことがとても嬉しくて、読んでいて凄く幸福な気持ちになれました。
で、この高嶺と渓というキャラクターが、ホントにいい娘たちで人見知りな空のことを心配していたりするんです。
 


 
この辺りの描写にも、作者である小箱とたん先生の優しい視点を感じ、ますます「スケッチブック」という作品が大好きになってしまいました。本当に素敵な漫画作品だと思います。
スケッチブック 6 (BLADE COMICS)

スケッチブック 6 (BLADE COMICS)

*1:月刊誌連載の四コマ漫画なので、単行本の冊数自体はそんなに出ていないのですが。

*2:そもそも連載のペースや表現の方法が違う他のギャグ漫画との比較を行うこと自体がナンセンスなのかもしれませんが…。