「中村メイ子をかき鳴らせ!!!」を読んで、「漫画」と「似顔絵」の違いについて考える

 
最近、月刊少年マガジンで連載されている「中村メイ子をかき鳴らせ!!!」を胸をときめかせながら読んでいます。
 

平川 雄一「中村メイ子をかき鳴らせ!!!」
 
「中村メイ子をかき鳴らせ!!!」は音楽漫画なのですが、一般の音楽漫画とは少しばかり趣を異にしたちょっぴりビザールな作品です。というのが、単行本の表紙に描かれている可愛い女の娘…この娘がタイトルにもなっている「中村メイ子」なのですが…彼女は実は人間ではなくエレキギターなんですね。
買い手が付かず誰にも弾かれることなく骨董流れになってしまったエレキギター=中村メイ子が、リズム感ゼロな上に極度な音痴のせいで「ゆるジャイアンなんてあだ名を付けらてしまっている主人公、中村清春と出会い、お互いに音楽をやる喜びに目覚めていくというのが、本作のストーリーです。
 
楽器を可愛い(そして、おっぱいが大きい)女の娘として描くというユニークなアイデアや、ハウツー的な要素も強いエレキギターの描写。
何より、音楽に対して「天才型」の人物ではなく、極々平凡…というか、むしろ音楽的才能は皆無に等しい男の子を主人公に持ってきていることなどから、バンド経験がなく音楽は「聴く専」な自分のような人間でも、作中のキャラクターに感情移入をして楽しく読むことができる。そんな漫画なのです。
 
「中村メイ子をかき鳴らせ!!!」は、ストーリーやキャラクターだけでなく、音楽好きな読者のためのオマケの部分。劇中での音楽的な小ネタの数々も非常に楽しい作品です。
劇中には実在のバンドや楽曲が登場し、ミュージシャンそっくりのキャラクターが出てくるのですが、その見せ方というのが上手くて、実在のモチーフを漫画の中に変換する過程に作者のセンスが感じられます。
それっていうのは、例えばこんなシーンです。
 

<月刊少年マガジン 2009年8月号 (講談社) P.727>
 
学園祭での演奏シーンで観客の中に、日本のロックバンド、Sheena & The Rokketsシーナ鮎川誠がいるんですよ。
 
最初に見た時は、余りのソックリ具合(■参考画像)に思わず笑ってしまったのですが、よくよく見てみるとこのコマに描かれた二人の姿って、ただ単に「似ている」だけに止まらないおもしろさがあるように思うのです。
で、ちょっと自分がこのコマに感じたパワーというか、単純に「スゴイ!」と思った部分について書いてみたいと思います。
 
 

■漫画の中で描かれたSheena & The Rokketsの「声」

先ず、話の前提としてこのコマで描かれている、Sheena & The Rokkets(シーナ&ザ・ロケッツ・通称『シナロケ』)ついて簡単に説明をしておきたいと思います。
シナロケは、ギタリストの鮎川誠とヴォーカルのシーナを中心として、福岡県の博多で結成をされたロックバンド。30年以上に渡ってパーマネントな活動を続け、ロックンロールを鳴らし続けている、とってもカッコいいバンドです。そして、シーナさんと鮎川さんは、このロックバンドにおける最高のパートナーであると同時に、実生活においても夫婦だったりします。
また、鮎川さんはバンドマンとしての顔の他に、俳優としても活動をしており映画やドラマ、CMにも多数出演をされています。
最近だと、レスポールかき鳴らしながら「日〜テレ Go!Go!」って歌っていた日本テレビの開局55周年の記念CMや、堺雅人さんと共演した映画「ジャージの二人」なんかが有名でしょうか。
 

映画「ジャージの二人」。堺雅人さんとの力の抜けたやり取りが妙に笑いを誘う作品でした。
 
で、このシーナさんと鮎川さんは、声と喋り方がそれぞれ非常に個性的で特徴のあるお二方なんです。
ヴォーカルのシーナさんは、下の動画を見ていただければ分かるとおり、ものっそいダミ声によるパワフルなヴォーカルスタイル。
 
■Youtube - Sheena & The Rokkets / Lemon Tea
 
ギタリストの鮎川さんはバリバリの福岡弁(正確には「筑後弁」)での話し言葉に大きな特徴があります。
 
そして、「中村メイ子をかき鳴らせ!!!」では、この声や喋り方がキチンと表現されているのです。
フキダシの中の台詞を、鮎川さんは福岡弁で喋り、シーナさんの台詞には「そ゛ーね゛」と文字に濁点を付けることで、あの独特のダミ声が再現してあります。
 
シーナさんと鮎川さんの顔は、漫画のデフォルメ表現を用いて「似顔絵」として描かれています。しかも、この二人が登場するのは、上に引用したヒトコマだけ、漫画の中でこの二人に「動き」の描写は存在しません。しかしながら、読み手はそこに単なる似顔絵以上のリアリティを感じるわけです。
これは何故かというと、フキダシや台詞、音声の表現など「漫画」の表現技法が加わることによってイラストに付与される情報量が増え、説得力が増すからではないかなと思うのです。
 
 

■「似顔絵」じゃなくて、あくまで「漫画」

漫画は映画や音楽と違って「音」を使うことができません。その代わりに「絵」と「文字」を混合して使うことができる表現ジャンルです。キャラクターの特徴をフキダシの中の台詞を使って、しかもその台詞に濁点を付けてダミ声を表現し、読み手に伝えるというのは如何にも漫画らしい表現方法といえます。
このコマの中で、そうした技法を用いて描かれたシーナさんと鮎川さんの姿というのは、ものの見事に「漫画」になっているわけです。
 
その時点での絵の上手さに加えて、フキダシの中の台詞や(現実ではありえない、ナ行の文字に濁点を付けて声質を表現するような)漫画的な表現技法を用いることで、描かれた人物のキャラクターがより強固に読み手に伝わってきます。
当然、その表現を受け取るためには、読み手にも漫画の技法を読み解く最低限の読解力が必要となるわけですが、そこさえクリアできれば、絵の写実性っていうのとはまた別次元での説得力が…単純な「似顔絵」以上に強いリアリティがそこには生まれてくるわけです。
極端な話、このコマの中で描かれている漫画的なシーナさんと鮎川さんの姿というのは、ある意味では写真以上に人物の姿を鮮明に捉え、読み手に伝えることができていると言っても良いと思うのです。
 
とは言っても、漫画の中で描かれるモチーフは、どうしたって現実のありのままの姿とは異なるわけで、モチーフを漫画に落とし込む際に様々な誇張や変換が加えられます。つまりは、「デフォルメ」が行われるわけです。
「中村メイ子をかき鳴らせ!!!」におけるSheena & The Rokketsの姿も、絵のタッチなり、漫画的な表現なりによって、デフォルメして描かれているわけですが、それ故に浮かび上がってくる輝きやおもしろさが存在するわけで、私はそこに漫画が持つパワーや、表現の奥行き、そして作者のセンスを感じます。
 
そして、「中村メイ子をかき鳴らせ!!!」は、そんなデフォルメや漫画表現への変換のセンスを、とてもおもしろく読ませてくれる漫画作品だと思うのです。
 

シナロケの最新アルバム。相変わらずカッコいいロックンロールが満載です。
 
 
 
実在のミュージシャンや楽曲を、漫画に登場させる際に行うデフォルメの見せ方のおもしろさっていうのは、作者である平川雄一先生の漫画の上手さに加えて、やはり音楽に対する愛情も大きく貢献をしているように思います。
例えば、件の学園祭ライブで軽音部の部員が主人公をステージに呼び込む口上として、「彼が60年代に生きていたなら 間違いなくヤードバーズの5代目ギタリストになっていたことでしょう!!!」という台詞を言うのですが、コレって恐らくその前にSheena & The Rokketsのメンバーを漫画の中に登場させたこととリンクしているんだと思うんです。
というのが、先ほどYoutubeへのリンクを貼ったシナロケの代表曲「Lemon Tea」。コレって、どう聴いてもヤードバーズの「stroll on」っていう曲のカヴァーなんです。
 
■Youtube - The Yardbirds / Stroll On
 
でも、シナロケの歌詞カードには堂々と「作曲:鮎川誠」とクレジットされているという(笑)。
シナロケファンなら誰も知ってる「ツッコミどころ」で、多分それを漫画の中でもネタにしたのかな、なんて思うんですがどうなんでしょうね?
ロックミュージックが今よりもずっとずっといい加減で猥雑で妖しくて、でも魅力的にギラギラと輝いていた時代。そんな時代への憧憬を作品からも強く感じます。
「中村メイ子をかき鳴らせ!!!」。やっぱい、おもしろいです。
 
 
<関連URL>
■物語の「リアルさ」ってのはなんなのだろうかという話(ポンコツ山田.com様)
漫画の中で描かれるリアリティについて色々と考えさせられたエントリです。