ギャグ漫画に登場する男性主人公像について考えてみる - 田村光久「イエロードラゴンがあらわれた!」

 
週刊少年サンデーの増刊号、「週刊少年サンデー超」で連載が開始された田村光久先生の「イエロードラゴンがあらわれた!」が大変おもしろいです。
 

<少年サンデー超 2009年8月号 (小学館)>
 
最近は、「週刊少年マガジン」の波打際のむろみさん、「週刊少年サンデー」のジオと黄金と禁じられた魔法と少年誌での新連載漫画がどれもおもしろくて幸せなのですが、この「イエロードラゴンがあらわれた!」も自分の中で大ヒットでした。
ファンタジックな世界観を基調としつつも、その中でドタバタギャグを描く、実に少年誌らしいギャグ漫画で、コレが実におもしろくて笑えるのです。で、何がそんなにおもしろいかというと、とにかく主人公である「エンジ」というキャラクターの描かれ方。コレが非常に良いんですね。
 

<少年サンデー超 2009年8月号 (小学館) P.13>
 
今回のエントリでは、この漫画作品に対して自分を感じた魅力をまとめつつ、少年誌におけるギャグ漫画の主人公像について、ちょっくら考えてみたいと思います。
まだ、第一話しか読んでいないにも関わらず、作品についてアレコレ感想文を書くのは些か勇み足気味だとは思いますが、要はその位先走って感想を書きたくなるほどおもしろい漫画なんですよ、コレ。かなり自己完結的な感想文なのですが、よろしければお付き合いをいただけると幸いです。
 
 

■「イエロードラゴンがあらわれた!」物語を彩るキャラクターたち

先ずは、簡単に漫画のあらすじと各キャラクターの紹介をさせていただきたいと思います。
主人公は、先ほども紹介をしたエンジ。周囲からは変人扱いされながらも魔法の研究に没頭し、遂には異世界に存在する神秘の生命体、霊獣を召還する方法をマスターします。まぁ、一言で言えば天才型の人間なわけですね。
そこで、最強の霊獣黄竜(イエロードラゴン)」をこの世に召還しようとするのですが、出てきたのは屈強で恐ろしい竜のイメージからは程遠い、キミドリと名乗る小さな女の娘。
 


 
自身のイメージしていた竜の勇ましい姿とのギャップに落胆するエンジでしたが、そこに「巨乳だけど清純派で、しっかり者だけどうっかり天然系」だという、エンジの憧れのマドンナもえぎさんが彼の家を訪ねてきます。
 


 
実は、もえぎさんに「竜を見せる」という約束をしていたエンジ。彼女に嘘つき呼ばわりされ、嫌われたくないエンジは何とかしてその場を誤魔化そうとするのですが…。
 
先ほども書いたように、「イエロードラゴンがあらわれた!」は、霊獣や魔法といったファンタジックなモチーフを使いながらも、小気味よいテンポでドタバタギャグが繰り広げられる、実に王道的というか非常にギャグ漫画らしいギャグ漫画です。
そして、この王道感というのは、私が思うに主人公エンジのキャラクター造詣に依るトコロが大きいように思うのです。
というのが、このエンジというキャラクター、名誉や女の娘にモテたい! という男性的な欲望に対して、非常に忠実でストレートなキャラクターとして描かれているんですね。
 


 
魔法を使って黄竜を召還したのも、その強大な力を使って何か大事を成し遂げようとか崇高な目的があったわけではなく、ただ単にテレビに出て有名人になったり、女の娘にモテモテになって憧れのあさぎさんとお付き合いをしたかっただけなのです。
魔法や霊獣といった作品世界と、それに相反する主人公の俗っぽさの対比が、この作品の中では一つの笑い所になっているわけですが、憐れ主人公は黄竜のきみどり(見た目は可愛い女の娘だけど、中身は立派な竜)を召還してしまったことによって、当初の目的を果たすことなく彼女の傍若無人さに振り回され続けるハメになります。
 
さて、ここまで書いたところで、何か本作に良く似たテイストの漫画作品を連想しませんか?
「天才型なのに、スケベで俗っぽい主人公」「そんな主人公を振り回す女の娘キャラクター」「主人公の憧れであるマドンナは超美人」…。
そう、「イエロードラゴンがあらわれた!」の構造は、鳥山明先生の傑作ギャグ漫画Dr.スランプ アラレちゃん*1の構造によく似ているのです。
 
 

■「Dr.スランプ」における則巻千兵衛のキャラクター


 
Dr.スランプ アラレちゃん」の主人公、則巻千兵衛は、たった一人で少女型のロボットやタイムマシンを作ってしまう程の天才科学者ですが、とにかくスケベで発明品の数々を自身の欲望を成就させるために使おうとしては失敗を繰り返すというキャラクターです。
 
ここでいう「欲望」とは非常に限定的で、「男性の女性に対する欲求」という意味で使用をしているのですが、千兵衛博士は自身の欲望に対して非常に忠実であり「みどりさん」という意中の女性もいるものの、一方でホンモノの異性に対する知識や恋愛経験が皆無なために、女の娘型ロボットのアラレちゃんを始めとする奇抜な発明品を用いた回りくどい方法でしか女性に対するアプローチができません。
そして、千兵衛博士が自身の欲望を満たそうとするものの空回りをしてしまったり、博士とは正反対に天真爛漫な性格のアラレちゃんに振り回されて失敗をしてしまったりする、「欲望が決して成就しない様」がこの漫画の笑いドコロになっています。
 
「イエロードラゴンがあらわれた!」もギャグ漫画として、非常に「Dr.スランプ アラレちゃん」に近い構造になっています。つまり、「自身の男性的な欲望に忠実でありながら、決して満たされない主人公」と「そんな主人公を振り回す、女性キャラクター」という部分に共通項が見られ、そこに私は「イエロードラゴンがあらわれた!」にギャグ漫画における「王道感」を感じたのです。
 
そして、ギャグ漫画の主人公というものについて考えた時に、この男性的な欲望の描き方によって、その主人公像というのは大雑把に2種類のタイプに分けることができるのではないかとも思います。
 
 

■欲望に対して「忠実型」の主人公と「鈍感型」の主人公

則巻千兵衛やエンジのように男性的な欲望に対して忠実なキャラクターを「忠実型」とでも言うならば、その正反対なタイプとして、自身の欲望に淡白で女性キャラクターからの好意にすらも気付かない「鈍感型」とでも呼ぶべき主人公像が挙げられます。
 
例えば、吉崎観音先生の「ケロロ軍曹」における日向冬樹くんなんかが、自分の中では後者の代表例です。
彼に好意を寄せる女性キャラクターは大勢いるのに、彼女たちが出している「好き」というサインにことごとく気付かない。しかも、自分自身も異性に対して積極的なわけではなく、オカルトのような自分の趣味に熱を上げたり、親友のケロロ軍曹との冒険に興味や時間の多くを費やしています*2
 
そして、現在ギャグ漫画界において主流になっている男性主人公のキャラクター像は、この「鈍感型」ではないかと思うのです。
 
その理由はいくつかあると思います。
先ず、一つは所謂「萌え」系の漫画作品が多く出てきたことで、作中に登場する女性キャラクターの数が増えたこと。
特定の女性キャラクターと主人公をくっ付けてしまうと話はそこで終わってしまうわけですから、とにかく各キャラクター同士のカップリングをなるべくはぐらかして描く必要がある。しかも、こういった漫画の特性上、男性キャラクターの好意を徹底的に無視する女性キャラクターという描き方はできないわけで、必然的に「女性キャラクターは好意を寄せているのだけれど、相手は気付かない」という描き方がスタンダードになっていくわけです。
あるいは、「シュール」と言われるギャグ漫画の流れも、こういった「鈍感型」主人公の隆盛に拍車を掛けているのかもしれません。「シュール」なギャグ漫画における笑いというものは大概が無機質な笑いであり、「ベタ」な笑いとは一線を画すモノでなければいけません。そんなわけで「恋愛感情」みたいな有機質でベタな要素というのものは徹底的に排除をする必要があるわけで、こういったギャグ漫画の主人公は必然的に男性的な欲望から遠く離れた位置に存在するものとして描かれることにならわけです。例えば、うすた京介先生の傑作ギャグ漫画「セクシーコマンドー外伝 すごいよ!!マサルさん」で、主人公の花中島マサルがキレイな女性を見て鼻を伸ばしているトコロなんてなかなか想像しにくいですよね。
あとは、ばらスィー先生の「苺ましまろ」のように、男性性を排除したギャグ漫画のヒットもあり、そもそも男性キャラクターが出てくるギャグ漫画自体が減少傾向にあるというのも大きな要因の一つでしょう。
 


 
とにかく、自分の欲望に素直でスケベな男性主人公、そしてそんな主人公が自身の欲望を成就しようとして奮闘した挙句失敗を繰り返す、というギャグ漫画の主人公像、作劇のスタイルは少しばかり前近代的なイメージがあります。
しかしながら、それ故にそこには綿々に続くギャグ漫画の王道としての歴史と安定感があるわけです。
 
私が「イエロードラゴンがあらわれた!」を読んで感じたギャグ漫画としてのおもしろさというのも、そうした部分に依るトコロが大きいように思います。
「スケベで自身の欲望に忠実な男性主人公像」の背景に、前述の「Dr.スランプ アラレちゃん」であり、永井豪先生の一連のギャグ漫画作品であり、近年の傑作であれば、ながいけん先生の「神聖! モテモテ王国」であり、といった名作たちにイメージを重ね合わせ、それが如何にも「ギャグ漫画らしいギャグ漫画」というオールドスクールな王道感や安心感に繋がっているように感じるのです。
 
もちろん、絵柄や作劇は現代的なギャグ漫画にアジャストしてありますし、小気味よいギャグのリズム*3など、「イエロードラゴンがあらわれた!」のおもしろさは、作者の漫画家としての技量に依るトコロが大きいわけですが、そこに魅力的なキャラクターとギャグ漫画の王道的構造が加わることによって、楽しくて笑える作品に仕上がっているんですよね。
「イエロードラゴンがあらわれた!」。オススメの漫画です!
 
 
 
<関連エントリ>
■ギャグ漫画で新キャラを登場させるタイミングって難しいよね
 
 

*1:私は、アニメ版直撃世代なので、敢えて原題の「Dr.スランプ」ではなく、こちらの表記を使っております。

*2:最初の方だと、バレンタインにチョコレートが貰えないのを気にしていたりしたのですが、連載が進むにつれて段々と鈍感なキャラクターになっていった気がします。

*3:「イエロードラゴンがあらわれた!」では、前のページでギャグの「フリ」を行い、次のページの一コマ目で「オチ」を付ける。そして、残りのコマで、また次のページの一コマへのフリを作り…という、丁寧なネタフリとオチのリズムを作っている印象を受けます。