プロレス漫画における関節技の変遷と、「仁侠姫レイラ」が描き出すプロレスのリアルとファンタジー

 

<週刊少年チャンピオン 2010年25号 (秋田書店) P.285>
 
私は、プロレスが大好きです。そして、漫画も大好きです。
だもんで、「プロレス漫画」ってヤツがそりゃーもう大好物なわけです。自分の好きなものが「キン肉マン」に出てきたマッスルドッキングよろしく合体しちゃってるんですもん。そりゃ、好きになって当然ですよね。
 
で、そんな自分が今最もお気に入りなのが、週刊少年チャンピオン連載、梶研吾&米井さとし両先生によるプロレス漫画「仁侠姫レイラ」です。
で、今回はその大好きな漫画についてプロレスファンの目線から、その凄さやおもしろさをアレやコレやと語れたらなぁ、と。単行本の第一巻が出て随分時間が経ってしまいましたが、超マイペースな人間なもんでその辺りは何卒ご容赦を! 拙いテキストではありますが、最後までお付き合いをいただけたら幸いです。
 
 

■「仁侠姫レイラ」における関節技の描写について

さて、「仁侠姫レイラ」ですが、この漫画の中で特におもしろいのが、その関節技の描写です。
プロレスにおいて関節技は、ラリアットやエルボーのような打撃攻撃やバックドロップや各種スープレックスといった投げ技に比べると地味な存在ではあります。しかしながら、試合の要所要所で試合展開のリズムを作ったり、あるいは観客に選手毎の個性を分かりやすく伝えるために、関節技はプロレスにおいて非常に重要な構成要素の一つであると言えます。
 
そこで、「任侠姫レイラ」では、どのような関節技が使われているか? 先ずは、これについて考えてみたいと思います。
短期集中連載を経て、チャンピオン本連載でのデビュー戦となった第1話「全開(フルスロットル)」では、クライマックスのフィニッシュ・ムーヴ(必殺技)としてこのような技が使われていました。
  

<週刊少年チャンピオン2010年21+22号 P.118、119>
 
相手の頭部を固定し、脚をサソリ固めのよう固めつつ、同時に腕の関節を極める「マーメイド・スプラッシュ」
プロレス的な語彙をフル活用してこの技を解説させていただくと、このような複数個所を同時に極める関節技は、メキシコのプロレス(=ルチャ・リブレ)において多くみられ、「ジャベ」(現地の言葉で「錠」の意)、あるいは「メキシカン・ストレッチ」と呼ばれています。
 

<プロレス団体「DRAGON GATE」の現チャンピオン、吉野正人の必殺技であるソル・ナシエンテ。複雑な体勢から極める必殺のジャベです>
 
ジャベ(複合関節技)は、メキシコのプロレスを持ち込んだルチャ系の団体や、メキシコ修行に出たレスラーの必殺技として、日本のプロレス団体でも目にすることができますが、関節技の中でも一言で言って非常に「魅せる」要素が強い部類のものです。
非常に複雑な技の掛け方と、そしてそこから生まれる美しい見た目。あたかもプロレスの魅力を凝縮したようなジャベですが、決して実戦的な技とは言えるものではありません。早い話が、路上の喧嘩や、総合格闘技のリングや金網の中で極めることができる技では決してない。
 
「マーメイド・スプラッシュ」は、「キン肉マン」における「キン肉バスター」や「キン肉ドライバー」のような少年漫画誌的な「熱く」て「カッコいい」要素と、プロレス的な知識とリアリティが非常に高いレベルで融合した必殺技であり、非常にファンタジックな技であると言えるでしょう。
 
 

■「任侠姫レイラ」で描かれる「シュート」の描写について

そもそも関節技は、英語でサブミッション(Submission)と言いますが、これには服従という意味があります。
 


 
格闘技が好きな方なら、総合格闘技のリングで選手が対戦相手の脚や腕を無慈悲に破壊するシーンを一度は目にしたことがあるかと思いますが、アレこそが正しい関節技の姿。華麗な見た目や魅せる要素を取り払って、シンプルかつ合理的に相手を服従させる、相手の身体を壊す、それが本来のサブミッションの意義なのです。
 
「レイラ」では、「マーメイド・スプラッシュ」のような華麗な関節技の他にも、こうした相手の身体を壊すための関節技も登場します。
 

<週刊少年チャンピオン 2010年25号 P.286>
 
プロレスがプロレスの範疇を超え「シュート」(真剣勝負)に突入した際に、レイラが対戦相手のホエール・ザ・キッドにかけたアキレス健固め。
足関節は、サブミッションの代表的な技であり、シュートマッチ、MMAの黎明期における象徴的な技ですが、こうした場面を試合の中で織り込むことにより、「レイラ」は「プロレス」と「シュート」の狭間を自由に行き来し、そしてそこからプロレスの魅力や、プロレスならではの魅力にフォーカスを当てていきます。
劇中では、プロレスにおける「ファンタジー」と「リアル」の境界線がしばしば描かれますが、こうした関節技の描写を一つとっても、作者のプロレスに対する確かな哲学を垣間見ることができます。
 
「仁侠姫レイラ」は、プロレスをファンタジーとして描いているわけでもなければ、シュートとして描いているわけでもない、「プロレス」を「プロレス」として真摯に描いた漫画です。
総合格闘技の台頭によってプロレスが荒廃してしまった後に、こうした漫画が現代に出てきた意義は非常に大きいと思います。
 
 

■「仁侠姫レイラ」以前の女子プロ漫画における関節技

ここで、更に深く突っ込んで、女子プロレス漫画における関節技の歴史を振り返りつつ、「レイラ」の意義を考えてみたいと思います。
先ず、手持ちの資料の中で、レイラの関節技と比較したいのがこの漫画です。
 

<飛鳥弓樹 「ルチャDOLL舞」 (秋田書店)>
  
「任侠姫レイラ」と同じく、秋田書店から発売された飛鳥弓樹先生の女子プロレス漫画「ルチャDOLL舞」
メキシコ帰りの女子高校生プロレスラー、舞子が母親が運営するプロレス団体で強敵と戦いながら、プロレスに学校生活に、そして恋愛に…と奮闘する女子プロレス漫画です。
 


 
この作品を見てみると、劇中の必殺技にはたびたびジャベのようなファンタジックなプロレス技が登場します。
単行本1巻が出たのが、平成5年(1993年)。プロレス史に照らし合わせてみると、前年には日本初のルチャ団体と言われる「ユニバーサル・プロレスリング」から派生をした、地域密着型のプロレス団体みちのくプロレスが旗揚げ。みちのくに所属するザ・グレート・サスケスペル・デルフィンらの活躍によって、93年は、ルチャがプロレスファンの間で、浸透をしてきた年です。
また、当時は新日本、全日本のようなメジャー団体が大型興業を年に何度も開き、FMWやWAR(そして、みちのくプロレス)といった人気インディー団体がひしめき合っていたプロレスブームの真っただ中。
 
「ルチャDOLL舞」における、如何にもプロレスらしい、少年漫画的かつプロレスチックなファンタジーに満ちた技の数々は、この時代のプロレスに対する大らかな空気と態度の一つの表れと見て良いと思います。
 
一方で93年というと、史上初の実力主義プロレス団体、そして後に総合格闘技団体へと生まれ変わるPANCRASE」が旗揚げをした年であると同時に、海の向こうのアメリカではUFC」が第一回大会を開いた年であり、総合格闘技の波が徐々にプロレスに迫りつつあった年であったとも言えます。
 
 

総合格闘技の台頭 90年代半ばのプロレス漫画

こうした90年初頭のプロレスブームの光景は、90年代の半ばになると一変をします。
その直接的な引き金になったのは、やはりブラジルの柔術家であり総合格闘家ヒクソン・グレイシーの登場です。
 
■プロレスファンが見た「世紀末オカルト学院」 - 1999年のマウントポジション
 
日本の格闘技史におけるヒクソンの来歴は、上記のエントリでも言及をさせていただいたのですが、それまでのプロレスのファイトスタイルとは全く異なる戦法に、プロレスファンは衝撃を受け、また総合格闘技の黎明期においては多くのプロレスラーが柔術家やMMAファイターの前に為す術もなく敗北をしていきました。
 
海の向こうからやってきたMMAという概念は、人々のプロレスに対する目線を大きく変え、プロレスは壊滅的なダメージを受けることになります。
そして、少年漫画誌における「プロレス」のあり方も大きく異なっていくことになります。
 
ヒクソンが日本で行われた総合格闘技のトーナメント「バーリ・トゥード・ジャパン」で二連覇した95年と、東京ドームで行われた「PRIDE」の第一回大会において、プロレスラーの強さの象徴だった高田延彦にほぼ何もなせずに一方的に勝利し、プロレス最強神話が音を立てて崩壊をした97年の合間の96年。
当時、台頭を始めた総合格闘技の影響力を示すように、このような漫画が出ています。
 

<柴山薫 「爆骨少女ギリギリぷりん」 (集英社)>
 
月刊少年ジャンプ」連載の柴山薫先生の漫画「爆骨少女ギリギリぷりん」
プロレスラーを目指す少女、白鳥萌留が正義の使者「ギリギリぷりん」へと変身し、関節技の数々を駆使して女学生にセクハラをはたらく変態教師たちを成敗していく、という内容の実に当時の「月ジャン」らしいお色気ギャグ漫画です。
 




 
この漫画の中で使われている関節技は、「任侠姫レイラ」やそれ以前の「ルチャDOLL舞」に出てくる関節技とはディティールを異にします。
この漫画の中に登場をするのは、腕ひしぎ逆十字固めや三角締め、胴締めチョークスリーパーといった相手の関節を壊し、絞め落とすための正に「必殺技」としてのサブミッションです。
単行本内の作者のコメントでは、ヒクソンを礼賛するテキストを読むこともでき、お色気コメディとしての側面とは別に、当時の格闘技界の空気を知るためにも非常に参考になる漫画作品だと思います。
 
そして、総合格闘技の台頭によって、90年代後半以降のプロレスは壊滅的なダメージを受け、「暗黒の10年」とまで呼ばれる低迷期へと突入します。
 

<大和田秀樹大魔法峠」 (角川書店)>
  
2000年代の前半には、やはり関節技を作品内にフィーチャーした大和田秀樹先生の漫画作品、大魔法峠が登場しますが、この漫画の中で描かれる関節技の数々は、やはり総合格闘技の影響が強い三角締めや腕ひしぎ逆十字といったMMA的なサブミッションと、アルゼンチン・バックブリーカー卍固めのような「ストロング・スタイル」と呼ばれるプロレス流のサブミッションが混在をしています。
 


 
MMA台頭の影響を受けつつも、本来のプロレス的な関節技への回帰が本作では見て取れ、これまた時代性を強く感じる一冊となっています。
 
 

■「仁侠姫レイラ」が描く現代のプロレスとは?

そして、そういった流れを受けての「仁侠姫レイラ」なのです。
前述したように、「仁侠姫レイラ」は関節技一つとっても、そこに「ファンタジー」と「シュート」という二つの境界線、差異をハッキリと描き、そこからプロレスの素晴らしさやプロレスラーの凄さを描こうとします。
 

<週刊少年チャンピオン2010年36+37号 P.327>
 
「マーメイド・スプラッシュ」のようなファンタジックなオリジナル技と、相手を壊すためのサブミッションが同居する「仁侠姫レイラ」。私は、ここに本作の特異性と魅力を同時に見て取ります。
そして、プロレスがMMAの呪いから脱却し、「プロレスをプロレスとして」レスラーはリングの上で表現できる、そしてファンはその戦いを楽しむことができる、そんな時代がようやく訪れた10年代という新しいタームに、こういったプロレス漫画がでてきたことの必然性と喜びを強く感じるのです。
 
プロレスは、確かに「最強の格闘技」ではないかもしれません。だけど、この「任侠姫レイラ」のような素晴らしい漫画を生み出す熱や魅力が、やはりプロレスにはあるのでしょう。
私は、プロレスファンの一人として、プロレスは「最高の格闘技」であると胸を張って言いたいと思います。
 
 

■まとめ

プロレスに関するトリビアルな薀蓄を長々と盛り込んだ感想文になってしまいましたが、そんなプロレスに対する前知識がない人も、あるいは逆にプロレスに対する偏見がある人でも「仁侠姫レイラ」が楽しみことができて、そして「プロレスラーってスゲーッ!」ってなることができる凄い漫画だと思います。
おススメの一冊です!
 
 
 
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