風間璃緒のサイコロジカル・ボディ・ブルース - プロレスファンから観た「せかつよ」論

 

 
世界でいちばん強くなりたい!第6話「リベンジマッチ!」。そのタイトル通り、主人公である萩原さくらがアイドルからプロレスラーへと転身を果たすきっかけとなった宿敵、風間璃緒との再戦で遂に初勝利を挙げるエピソード。
 
ストーリー的には一先ずのハッピーエンドであり、さくらがプロレスラーとしての更なる高みを目指すことを決意する姿が描かれていましたが、アニメファンでもあると同時に、大のプロレスファンでもある自分としては、そんなストーリー展開の主軸の部分とはまたちょっと違った角度から色々と語りたくなるエピソードでもありました。
 
というのが、プロレスファン的な目線でこの第6話「リベンジマッチ!」を…ひいては「せかつよ」というアニメを観ると、さくらのライバルである風間璃緒というプロレスラーに物凄く惹かれる要素があるように思うんですね。今回のエントリでは、プロレスファンから観た風間璃緒のキャラクター論、「せかつよ」論についてアレやコレやと!
 
 

■リングの上で、もう一つのパーソナリティーを生きるプロレスラー

例えば、「せかつよ」がプロレスではなく、アマチュアレスリングであるとか柔道であるとか空手であるとか…そういった格闘技やアマチュアスポーツをテーマにしたアニメ作品だったとします。その物語の中で、主人公が悪役に一度は敗れるも、特訓と努力の末に成長し、リベンジマッチで勝利をする…だとしたら、その物語は非常に明快な"スポ根"であり、観ている側としては単純に主人公の成長を喜び、同時に、悪役の敗北に爽快感を覚えることができたでしょう。もしも、そんなストーリーで「せかつよ」が展開をしていたら…風間理緒はただただ嫌な性格のシンプルな悪役だったかもしれない。
 
ところが、「せかつよ」は"プロレス"を描いたアニメ作品なのです。ここのテーマの部分が物凄く重要で、だからこそ、私は風間璃緒という登場人物に対して強烈な魅力を感じるのです。
 
というのが、これが非常に説明がしづらく、尚且つ、言葉を選んでしまう部分なのですが…プロレスというものは、格闘技、スポーツでありながら、純粋な"競技"とは一線を画するジャンルなわけです。プロレスのリングには、単純な勝負論だけではなく、様々な要素がとてつもなく複雑に絡み合い、そして試合、興業が成立をしている。エンターテインメントとしてのエッセンスであったり、選手のキャリアや人気であったり、各団体間でのパワーバランスであったり…本当に多種多様な要素によってプロレスというジャンルは構成されているのです。そして、熱心なプロレスファンはそれらの要素を熟知し、そうした部分も込みで"プロレス"という、このちょっと特殊なスポーツを楽しんでいる。
 
ですから、ファンはプロレスラーがリングの上では、その人の本来の気質、性格とは異なる…全く別のパーソナリティーの中で生きていることを知っています。
 
そうしたプロレスというジャンルの特異性を…プロレスラーの本質を踏まえた上で、「せかつよ」を観てみると各キャラクターに対するエモーションというのが全然違って感じられるんです。そして、その際たる例が、風間璃緒というプロレスラー。
 
 

■風間理緒の"敗北"が持つ意味

「リベンジマッチ」でさくらに敗れた風間璃緒。これ、よくよく考えたらとてつもなく大変なことです。何故なら、本家のプロレスラーが「アイドルからプロレスラーに転向をした若手レスラー」に、しかも、「デビュー以来、連戦連敗で1勝もできていない選手に敗北し、初白星を献上することになった」のです。
 
大会場でさくらと対峙をした璃緒。この時のセリフで彼女のプロレスラーとしてのキャリアが4年であることが分かります。対するさくらは、デビューしてからまだ1年足らず。しかも、デビュー以来、まだ一度も勝ったことがない選手です。人気アイドルという出自はあれど、さくらと理緒では、プロレスラーとして先輩、後輩として"格"の違いがハッキリとある。
 

 
更に、これまでの描写から理緒はベルセルクという団体の中でかなりの実力者であることが窺えます。さくらとの対戦で入場時に、璃緒は煌びやかなガウンとマスクを着け、恐らくは彼女の付き人を務めているであろう小宮山紅亜を従えてリングに向かっている。つまり、こうした派手なコスチュームを着たり、後輩レスラーを従えることを許されている、人気、実力共にそれだけの"格"と"キャリア"を持った選手ということなんです。
 
しかし、理緒はさくらに負けた。それも、丸め込みやリングアウト負けのようなエクスキューズが成り立つ負け方ではなく、相手の必殺技を受けて完璧に3カウントを取られるという負け方で…。
 
結果的には、アイドルからレスラーに転向をしたさくらの"引き立て役"となった理緒。彼女の実力とキャリアを考えれば、この試合を受けない…あるいは、他の誰かにその役目を負わせても良かったハズです。だけど、理緒はその役割、職務から逃げなかった。逃げなかったどころか、さくらと真っ向から勝負し、そして敗れた。プロレスファンとしては、そんな彼女の姿に強烈なブルースを感じるわけです。
 
 

■プロレスは"相手を輝かせる"レスラーがあってこそ

思えば、さくらがプロレスラーに転向をするきっかけになったのも理緒の存在があったからです。デビュー戦では、さくらを関節技で徹底的に痛めつけ、スリーパーで締め落とし、試合後には髪の毛も奪った。ですが、ここでの屈辱があったからこそ、さくらはプロレスラーになることを決意し、宿敵である理緒から初勝利を挙げることで大会場を埋め尽くしたファンから大喝采を浴びることができた。
 

 
アイドルの髪の毛を切り、試合ではいたぶる、"悪役"としてのポジションに忠実だった理緒。「リベンジマッチ!」の試合終盤では、バックハンドブローも繰り出していましたが、バックハンドブロー…"裏拳"はアジャ・コング尾崎魔弓、ヒール転向後の井上貴子…といったヒールの女子プロレスラーが得意技として使っていた女子プロにおけるヒールの代名詞的な必殺技です。ちょっと深読みし過ぎかもしれませんが、こんなところにも彼女が自身のリング上でのキャラクターを強く意識していたことが垣間見えるような気がするんです。そう、彼女は、リングの上でヒールとしてのキャラクター、役割を徹底していた。
 
全ては、対戦相手を輝かせる為に
 
初勝利とリベンジに向けて燃え上がるアイドルレスラーと、その前に立ち塞がる強大な宿敵…。それが、風間理緒vs.萩原さくらのシングルマッチにおいてリングの上で描かれた構図です。そして、あの試合があそこまで盛り上がったのも、さくらと理緒との間にプロレスとしての"物語"ができていたからです。
 
それをここまで創り上げ、育んできたのは理緒だった。勿論、さくらの身体能力の高さと地道なトレーニング、そして、精神的な成長があってこその初勝利なわけですが、そんな彼女の成長をリングの上で一気に花開かせたのは他の誰でもない理緒だった。
 

 
風間璃緒というプロレスラーは本当に凄いレスラーだと思います。自分のキャリアも格も投げ打って、アイドル出身の若手レスラーをリングの内外で引き立ててみせた。輝かせてみせた。それは、ある種の自己犠牲であり、会社、興業、ファン、何より対戦相手…プロレスを取り巻くあらゆる要素に対する奉仕の精神がなければ決してできないことです。私は、そんな理緒の姿に真の意味での"プロフェッショナル"レスラーとしての姿を見ます
 
プロレスとは本当に不思議なジャンルで、エースやスター選手が一人いるだけでは決して成立しないものなんです。その選手を引き立てる、輝かせる選手がいないと決して成り立たない。そして、理緒は「せかつよ」という作品の中でその役割に殉じてみせた。私は、プロレスファンとしてそんな彼女の姿に強く惹かれます。新人の引き立て役も甘んじて受け入れ、連戦連敗中の相手に初勝利を献上するという不名誉なレコードに名を残すことすら厭わず、真っ向勝負を展開し、リングの上でプロフェッショナルな試合を行ってみせた風間理緒というプロレスラー。
 
そんな彼女のブルースは、プロレスを愛する私の心を掴んで離さないのです。観客を魅せる"プロレスラー"としての彼女の未来に幸あれ。