「ナイツ」と「かんなぎ」に見る、漫画、アニメと漫才における笑いの「差異」

 
近年のお笑いブームの中で、個人的にとてもお気に入りなのが内海桂子師匠の愛弟子である「ナイツ」です!
 

 
僕は、落語や、講談など演芸場で行われるような「笑い」が大好き(宮田陽・昇さんやロケット団が好き)なので、あの笑いのセンスが本当にツボなのですよ。
 
ただ、時々、彼らの漫才を聞いていると、物凄い違和感を感じる時があるんですよね。それっていうのは、例えば以下のようなくだりを聞いた時です。
 
M-1の決勝戦でもやっていたナイツの定番ネタの宮崎駿の漫才なんですが……。
 
<ナイツの宮崎駿ネタ>

 

塙「子どもが何に興味持ってるかっていうのをですね」
土屋「そういうのね、調べていったらいいですよ」
塙「昨日インターネットの『やほお』ってサイトでね、調べたんですけども…」
土屋「アレ、ヤフーね! (観客笑い) そう、アレね、ヤフーって読むんですけども」
塙「子どもって結構、アニメが好きというのが分かりまして」
土屋「そりゃ、お子さんアニメ好きですよね」
塙「どういうアニメが流行っているのかって、色々調べていましたら」
土屋「うん」
塙「日本のアニメ界の巨匠を一人見つけてしまったんですよ」
土屋「それ、誰ですかね?」
塙「宮崎駿って知ってますか?」
土屋「今更かよ、お前! (観客笑い) 今更、宮崎駿さん見つけたの? ねぇ」
塙「色々な作品を出している人で」
土屋「名作揃いですよね」
 
塙「昨日、気になって近所のTATSUYAに行って何本か借りて来たんですが
 
土屋「TSUTAYAだろ! (観客笑い) 完全に、オーナー辰ちゃんだろ、そんなモノ」

 
ナイツの笑いは、ボケの塙さんが「アニメ」や「野球」といったテーマについて語る際に、細かい勘違いや言い間違いを連発し、それをツッコミの土屋さんが訂正しつつ、一言加えて更に笑いを広げる、というスタイルです。その塙さんの「勘違い」「言い間違い」に、僕は時折違和感を感じるんですよね。
 
なんで「TSUTAYA」を「TATSUYA」って言ったくらいで、お客さんが笑うのか分からないんですよ。
 
…だって、「TSUTAYA」と「TATSUYA」みたいな言葉の文字りって、アニメや漫画の世界では、笑うポイントでもなんでもなくて、極々普通にやってることですもんねぇ…。
 
 

■漫画やアニメで出てくる「微妙に違う名前」

昨年アニメ化もされた、武梨えり先生の人気漫画「かんなぎ」にも「TATSUYA」っていう名前は登場します。
 

 
これはアレです。アニメの登場キャラクターが使っているノートパソコンのロゴが、VAIOじゃなくて「AVIO」だったり、劇中に出てくるコンビニの名前がセブンイレブンじゃなくて「イレブンセブン」だったり、といった具合に、現実に存在する商品や企業名をフィクションに落とし込む時に使われる自己規制ですね。
 
こういう自己規制って、パロディっていうよりは、単純に文字の並べ替え、アナグラムによるものなのでしょう。そもそもパロディとは、批評性やユーモアが根底に存在していなければいけないわけで、漫画やアニメなんかに登場する有名な商品や企業名をアナグラムしたキーワードっていうのは、もっと単純な、恐らくはネタ元の会社との無駄なトラブルを避けるために慣例的に漫画家さんや、アニメ業界の間で行われているのだと思います。
 
とらドラ!」に登場する「SUDOHBUCKS COFFEE」みたいに、あくまでギャグ、パロディとして機能する場合がありますが、(「とらドラ!」の場合は、劇中で、主人公の竜二が店名に対して「いいのか!?」「よく訴えられないな、ここ…」と言及し、笑いどころにしているのです)
 

 
多くの場合、オリジナルの名前をイチから考えるよりも、実際にある商品名や企業名を並べ替えたり、一部を変化させたりすることで、見ている人に、商品やお店に対する具体的なイメージを喚起させ易いという理由から、こうした「微妙に違う名前」はフィクションの世界では多用されているんでしょうね、きっと。
 
ここで僕がおもしろいと思うのが、こうした「微妙に違う名前」の企業や商品名が、見ている側にとっては奇妙な響きでも、漫画やアニメの中ではキャラクターや世界観に、普通に受け入れられているというギャップです。
 
例えば、「かんなぎ」には「しりげや」というスーパーが登場しますが、これも普通に考えたら相当ヘンテコな名前です。
 

 
恐らくは大手スーパーの「いなげや」を文字っていると思うのですが、僕はこの名前を初めて聞いた時、すごくストレートに「お尻の毛」を連想してしまったんですよね。
アニメ版では、「お魚ぴちぴち、お肉はてかてか、新鮮お野菜、しりげや」というテーマソングが流れるんですが、でもさぁ……「新鮮な魚や肉や野菜」って言っても「しりげや」でしょう…正直、自分はあんまり購入意欲が湧かないんですけど。
 
※ちなみに、岐阜県には「尻毛駅」という駅があるそうです。ただし、この地名の読みは「しりげ」ではなく「しっけ」と読むそうです。
 
アニメ版だと主人公である御厨仁は、このお店で日用品を購入しているようで、劇中では食料品や下着を購入するシーンが登場します。
 
「しりげや」というキーワードは、普通に考えたら、スーパーマーケットの名前としては似つかわしくない、とても変な店名ですよね。
 
しかし、劇中では登場人物たちによって、その「奇妙さ」は言及されることはありません。同じく、フィクションに登場する「微妙に違う名前」の商品や企業名も多くの場合は、その世界観の中でごくごく普通に受け入れられているわけです。ですので、漫画やアニメといったフィクションに接している僕たちも、劇中に登場する「微妙に違う名前」に対して、さほど違和感を感じません。「ONE OUTS」で球場の看板に書かれた企業ロゴが「DASKIN」じゃなくて「DAISUKIN」だったりしても、ある程度お約束というか、「そういうもんだろう」で流せるようになっています。
 
 

■漫画やアニメと漫才における「笑い」の差異

そこで、話はナイツの漫才に戻ります。僕が、彼らの漫才に感じた違和感というのは、「TSUTAYA」を「TATSUYA」と言い間違えることが笑いどころになる、という現実とフィクションの「笑い」における差異そのものなのです。
 
アニメや漫画といったフィクションでは普通に行われている商品名、人名、企業名などの言葉の改変が、漫才という表現分野では「笑いどころ」「ツッコミどころ」になるというギャップに、僕はナイツの漫才を見始めた当初、とても戸惑いを感じました。
 
アニメや漫画では、実際の商品名や企業名を出すことができない(恐らくは、自主規制によるものなのでしょうが)ため、ナイツのような「笑い」を作中で行うことは難しいでしょう。
 
つまり、商品名や企業名といった、ある特定のキーワードをいじって笑いをとるという手法は、アニメや漫画に比べて、漫才やコントといった演芸の方が圧倒的に自由度が高いわけです。で、そういったネタを多用して飄々と笑いをとるナイツを見て、アニメ、漫画好きの自分は「ズルいな〜」って思っちゃうんですよね。
 
しかし、アニメや漫画では、極々当たり前に行われているこうした改変が、漫才という文脈の中で同じ事をやると、「笑い」になってしまうという、「現実」と「フィクション」、「漫才」と「アニメ、漫画」という二つの異なる文化における表現の差が、僕にはとても興味深く感じられます。
 
ちなみに、ナイツの漫才におけるお約束に「Yahoo!」を「やほお」と読む、「google」を「ゴーグル」と読むというネタがありますが、こういう「インターネットに関するアルファベット語句をローマ字読みする」というセンスって、ネットが好きな人だと、ごくごく普通に行っていることですよね(「youtube」を「ようつべ」と読んだりとか)。で、それが当たり前過ぎて、誰もそれが笑いどころになるって気付いていなかったと思うんですよ。でも、ナイツが演芸場で同じ事をやれば、それは「笑い」になるんですよね。
 
ナイツの漫才は、駄洒落を多用する非常に「ベタ」なものですが、「ベタ」故に、こういう当たり前のこと、慣例的過ぎて誰も気付かなかったことが、漫才という分野では「笑い」になるという驚きを我々に与えてくれます。
 
惜しくも、M-1での優勝はなりませんでしたが、今年は更なる躍進が期待できそうなナイツ。お笑い好きの端くれとして、目が離せないです。