はてなダイアラー映画百選

 
映画や小説のレビューなど、毎回、素敵なエントリを書いていらっしゃる「Keep the Cosmic Trigger Happy!!」id:hayamonoguraiさんからバトンをいただきましたので、やってみます。(hayamonoguraiさん、バトンありがとう!)
好きな映画は色々あるものの、はてさて一体どれを選んだものやら…と悩みに悩んだ末に、私が選んだ一本がコレ。
 

 
自分の中で最愛の映画監督である、ジム・ジャームッシュゴースト・ドッグです!
 
勿論、選んだからには大好きな映画であることは間違いないのですが、「ゴースト・ドッグ」は、多くのジャームッシュ映画ファンにとって、佳作には成りえても、最優秀作には成りえない映画という感じの作品ではないでしょうか? 好きは好きだけど、一等賞じゃないよなぁ〜みたいな。実際、私自身も一番好きなジャームッシュ作品は、やっぱり「ストレンジャー・ザン・パラダイス」ですし。
しかし、しかし、それでも尚、この「ゴースト・ドッグ」は、そのビザールで風変わりなユーモアと、劇中で流れまくるヒップホップ・ナンバーによって、ジャームッシュ作品の中でも非常に印象深い、ナンバーワンではなく、オンリーワンな特別な輝きを放つ一本になっているように思うのです。
 
 

■不思議な主人公、ゴースト・ドッグが好き!

先ず、主人公のゴースト・ドッグこのキャラクターのインパクトが、とんでもなくスゴイわけです。
 

 
武士道の精神を敬愛し、侍の思想書である「葉隠」を愛読する、大柄なアフリカン・アメリカンの殺し屋。過去に、自分の命を救ってくれたマフィアのルーイを「主君」と呼び、彼にひたすら忠実に使え、殺しの依頼には伝書鳩を用い、仕事を成し遂げた後は侍が刀を鞘に収めるように、見得を切りながらピストルを懐にしまいこむ。
 
ゴースト・ドッグは、まるで、アニメか漫画の主人公のような、ヘンテコで不思議なキャラクターなわけですが、フォレスト・ウィテカーの演技力と愛嬌のある風貌によって、非常に個性的かつ魅力的な主人公像に仕上がっています。
 
謎が多いゴースト・ドッグですが、ジム・ジャームッシュのインタビューを集めた「ジム・ジャームッシュ インタビューズ」に収録された、本作に関する発言の記録を読むと、それがかなり意識的に作られたモノであることが分かります。
 
ジム・ジャームッシュ インタビューズ―映画監督ジム・ジャームッシュの歴史

ジム・ジャームッシュ インタビューズ―映画監督ジム・ジャームッシュの歴史

 
何でも、監督であるジャームッシュと、ゴースト・ドッグを演じたフォレスト・ウィテカーしか知らない、裏の設定、ゴースト・ドッグのバックボーンが数多く存在しているそうで…。その辺りは、見る者のイマジネーションに多いに委ねられるところですが、この超個性的な主人公が、この映画のイメージに果たしている役割は、その身体と同様に巨大であると思われます。
 
 

■劇中で用いられている豊富なギミックが好き!

ゴースト・ドッグ」は、主人公のキャラクターだけでなく、劇中に散りばめられた数々のギミックも楽しい作品です。
 
例えば、黒澤明の「羅生門」の影響からか、芥川龍之介の「藪の中」が劇中で引用され、ゴースト・ドッグとルーイの回想シーンでは、その小説の構成が用いられる(二人の回想シーンの内容が微妙に食い違っている)演出や、
 

 
孤独なゴースト・ドッグの唯一の友人であるフランス語しか話せないアイスクリーム屋と、お互いの言葉は分からないハズなのに何故か話が妙に噛み合った会話を交わすという風変わりなギャグ。
 
そこから観るものに伝わってくるのは、ジャームッシュ作品に共通する、監督の寡黙でありながら豊かな知性と、魅力的で暖かなユーモアです。
 
映画は、ゴースト・ドッグと、彼に負けず劣らず異様にキャラが濃くて、アクの強いイタリア系マフィアの戦いを描いた作品ですが、その狙撃シーンにも観る者の映画に対する知的欲求を刺激する要素が詰め込まれています。
 
例えば、ライフルのスコープの先に鳥が止まるシーンや、
 

 
ヒップホップファンのマフィアが、風呂上りにパブリック・エネミー「Cold Lampin' with Flavor」をアカペラで歌っているところを水道管の中から狙撃されるシーン。
 

 
これなんかは、鈴木清順監督の「殺しの烙印」からの引用だと思われます。
「殺しの烙印」では、宍戸錠演じる殺し屋のスコープの先に蝶が止まるシーンや、ターゲットの眼科医を水道管の中から射殺するシーンがあり、「ゴースト・ドッグ」では、ジャームッシュのフェイヴァリット作品である「殺しの烙印」へのオマージュが、かなり直接的なかたちで見て取れます。
 

 
私は、「ゴースト・ドッグ」を公開当時に劇場で観て、その後にジャームッシュが影響を受けた日本人監督ということで、鈴木清順の名前を知り、そして元ネタになった「殺しの烙印」との出会いをきっかけに、一気にその作品のファンになってしまったのですが、こんな感じで自分の知らない世界や未知の作品との出会いのきっかけになったりするんですよね。ジャームッシュの作品は、観ている内に他の様々な事象と次々にリンクをしていく、底なし沼度の高い映画なわけですが、次々に繋がっていくんですよ、全部。
 
 

■カッコいいヒップホップ・トラックが好き!

そして、劇中で一際印象に残るのが、ヒップホップ・グループ、ウータン・クランの総帥であるRZAを起用した最高にカッコ良いヒップホップ・ミュージックの数々。
 
初期のジム・ジャームッシュは、ストーリーを盛り上げるためのBGMとして音楽を使用することに否定的で、「パーマネント・ヴァケーション」や「ストレンジャー・ザン・パラダイス」「ダウン・バイ・ロー」といった作品では、登場人物が映画の中で実際にレコードやテープを聴いたり、楽器を演奏したりするシーンでしか音楽を使用していませんでした。つまり、商業映画でよく見られる、ヒット曲を使って…みたいな従来のサウンドトラックのあり方へのカウンターで、場面の外にある音や音楽を付け加えようとはせず、リアリティのある音を追求していたわけです。
 
対して、「ゴースト・ドッグ」では、映画の撮影を始める前に、RZAにサウンドトラックを作ってもらい、編集をしがなら音を付けていくという手法で映画が構成されています。それが、あの劇中のイメージにバッチリ合った音楽の使い方に、ひいては作品全体のエモーショナルな部分にも繋がっているのかな、と思います。
 
ジョニー・デップ主演の「デッドマン」では、ニール・ヤングのエモーショナルなギターが全編に渡って使用されていましたが、アレは先に録り終わった映画のフィルムをニール・ヤングが直接観ながら、その場その場で即興的に音を重ねていくという手法を用いていたそうなので、また「ゴースト・ドッグ」の音楽とは質感が随分違うんですよね。その辺の違いを聴き比べてみるのもおもしろいかもしれません。
 
この「ゴースト・ドッグ」の音楽の使い方、そしてヒップホップ・カルチャーの注入は、作劇面でも影響を与えたようで、前述のインタビュー集ではこんな発言を目にすることができます。
 

「ヒップホップではバック・トラックを作るとき、よその素材を組み合わせて新しいものを作る。昔、僕はシナリオを書いている時、他の映画やほかの本からの参照を思いついても、オリジナルじゃないから、という理由から引っ込めるようにしてた。でも、今回、僕はドアを開いた。音楽が僕に確信を与えてくれたんだと思う。
 
P.328〜329

 
ゴースト・ドッグ」という作品における、武士道や、黒澤明芥川龍之介の「羅生門」、鈴木清純の「殺しの烙印」といった、先達の文化や歴史からの引用、オマージュは従来の作品にないくらい明確でストレートですが、その背景にはヒップホップ・ミュージックの方法論が多大な影響を与えていたことが分かります。
 

 
ジャームッシュの映画は、様々な文化や歴史への敬意と集積の上に成り立っていますが、一見するとユニークで風変わりなフィルム・ノワールといった趣の「ゴースト・ドッグ」ですが、やはり、ジャームッシュの哲学は健在であるようです。
そもそも、時代遅れの価値観に拘り、資金難に陥っているイタリア系マフィアと、日本の武士道に心酔する殺し屋の対決を描いた本作のシナリオが自体が、古い歴史や、過去の映画への敬意とオマージュに溢れていると言えるかもしれません。そして、そこにヒップホップという新たな文化の血が加わることで生まれる輝きですよね。
それこそが、「ゴースト・ドッグ」という作品の一番の魅力ではないでしょうか?
 
 

■まとめ

…と、取り止めもなく長々と語ってきましたが、私自身この「ゴースト・ドッグ」という映画を、全然掴みきれていません。そもそも、この映画に一番影響を与えていると言われる、ジャン=ピエール・メルヴィルの「サムライ」を自身の不勉強のために未だ観ていないのです。…何か、分かったような口をきいてしまい、すいません…。
 
いや〜でも、好きなんですよね〜「ゴースト・ドッグ。…結局は、そういう感想に落ち着いてしまうんですけど(笑)。
 
ゴースト・ドッグ」を、ひいてはジム・ジャームッシュという特異な才能を持つ監督の作品を構成する様々の要素については、まだまだ知らない部分や気付いていない部分が多々あるわけで、何とか死ぬ前にその全容の50パーセントくらいは把握できるといいなぁ、なんて自分は常々思っています。
 
 
次にバトンを回す方ですが、もしよろしければ「subculic」id:tatsu2さんにお願いできればな〜なんて思います。
主に、アニメ作品を中心にホントにおもしろい考察をされている方なんですが、以前に「椿三十郎」と「東のエデン」をクロスオーヴァーさせた素晴らしいレビューを書かれていて、映画の話なんかも聞いてみたいな〜と。…ご迷惑でしたら、スイマセン…。