ひだまりスケッチ×ラジオ体操×YMO - 「☆☆☆」におけるラジオ体操の描写への考察

 

 
好評の内に幕を閉じたテレビアニメひだまりスケッチ×☆☆☆
イチ「ひだまりスケッチ」ファンとして、シリーズを通して語りたいことは色々とあるのですが、今回は「☆☆☆」の劇中で印象的に使用されていたラジオ体操の描写について、アレやコレやと書いてみたいと思います。
 
 

■ラジオ体操の歴史と意義

先ずは、話の前提としてラジオ体操の成り立ちについて、自分の調べた範囲で簡単にまとめさせていただきたいと思います。
黒田勇著「ラジオ体操の誕生」(青弓社)によると、ラジオ体操は、日本では逓信省簡易保険事業のプローモーションの一環として、1928年に放送が開始されたとあります。
 
ラジオ体操の誕生 (青弓社ライブラリー)

ラジオ体操の誕生 (青弓社ライブラリー)

 
「生命保険」というシステムの概念がまだ希薄だった当時の日本でラジオ放送を通じて広く行われる健康体操には、保険事業を国民に広く啓蒙・宣伝すると同時に、体操によって被保険者の健康の保持増進を行うことで「健康とお金」という保険のシステムを上手く循環させる目的もあったようです。
また、当時は欧米の列強諸国に経済的・工業的に追いつくために、体操によって壮健な身体を作り上げ、放送によって参加者の時間の統制を図る、つまりラジオ体操によって農耕に根ざした日本人の身体と時間の感覚を西欧的の合理的な身体と時間感覚へと作り変える目論見もあったともこの本は論じています。
 

 
当時のニューメディアである「ラジオ」の台頭と、生命保険という新興事業の導入、そして西欧諸国の経済活動に対峙するための健康で合理的な身体作り、といった時代背景や様々な思惑がこの時代に複雑に絡み合い、現代まで80余年にも渡って続くこととなった一大プロジェクト、それが「ラジオ体操」であったわけです。
 
 

ひだまりスケッチにおけるラジオ体操の意義

さて、それでは現代においてラジオ体操の意義とは如何様なものとなっているのでしょうか?
 
先ず一番大きいのは「早起き」の装置として、そして時間の規律を推進するため機能としての役割でしょう。 
夏休みに入ると子どもたちは学校の規律的な時間の流れから開放されるわけですが、その間、親や学校は子どもたちの生活リズムが乱れてしまうことを強く恐れます。そして、その予防のために地域社会で行われるのがラジオ体操なわけです。
 

 
そう考えて「ひだまりスケッチ×☆☆☆」を観てみると、仕事でいつも睡眠が不規則な沙英さんがラジオ体操を毎日行っているというのは非常に印象的です。
このラジオ体操の描写は、激務によるストレスや不規則な睡眠時間による体調不良といった暗いイメージから「沙英」というキャラクターを守っているようにすら感じられます。「ラジオ体操を行う=早起き=健康的」というのは如何にも単純なイメージの連鎖ですが、単純だからこそ、そのイメージは極々自然に、かつ強固に視聴者に伝わってくるのです。
ひだまりスケッチ×☆☆☆」の明るく楽しい作品イメージ。そこに、ラジオ体操の描写が果している効果は決して小さなものではないと思います。
 

 
また、「☆☆☆」では毎回、エピソードの冒頭でこのラジオ体操の描写が映し出され、一日が始まるという構成をとっています。
一見すると非常にミニマルな時間の流れにも見えるのですが、時に奇抜な演出術を用いる「ひだまりスケッチ」の中で、この構成は作品全体に統一感を与えると同時に、このアニメの雰囲気や色彩と同様に、楽しく明るい明日が劇中でいつまでも続くという安心感を観る者に印象付けます。
そして、その中でラジオ体操が持っている規律的な時間のイメージというのは、非常に重要な役割を担っているように感じられます。
 
 

■ラジオ体操を通じて浮かび上がってくるキャラクター性

「ラジオ体操と時間」という観点から「ひだまりスケッチ」におけるラジオ体操の役割を色々と考えてみたわけですが、オリジナルであるアメリカのラジオ体操には「早起き」や「規律的な時間の教育」といったニュアンスは存在しませんでした。
 
日本のラジオ体操は、アメリカの生命保険会社であるメトロポリタン社が1925年から放送を開始した「Setting up exercies」というラジオ運動の番組が原型となっているのですが*1、「ラジオ体操の誕生」の中では、このメトロポリタン社のラジオ体操に対する当時のアメリカ国民の反響が紹介されており、これがなかなかに興味深い内容となっています。
 

「私は必ず毎日午前七時二十分から体操を初めて居りますが、其の結果一月一日には体重が一八〇封土あつたのですが、三月一日には一七二封土となりました。(中略)私は『ラヂオ』体操を疑ふ様な人にこの結果を知らせてやりたくてたまりません」
 
この文面からも分かるように、アメリカのラジオ体操の効能の中心は「減量」だったようだ。
 
(P.76)

 
現代の日本では、「早起き」を美徳とする日本人の時間感覚と、前述したような学校や地域社会のシステムが複雑に絡み合って早朝に行われているラジオ体操ですが、アメリカで誕生した時点では単純なエクササイズとしての機能が大きかったようです。
 

 
これを踏まえてアニメを見てみると、いつも肥満を気にしているヒロさんがなかなか体操に参加をしなかったというのが如何にも面白く思えてきます。
先ほどの沙英さんの時もそうですが、ラジオ体操という共通のファクターを通じて各キャラクターのそれぞれの個性が劇中で浮き彫りになってくるというのも、「ひだまりスケッチ×☆☆☆」のユニークなところです。
 

 
また、本作からは乃莉ちゃんなずなちゃんという二人の新キャラクターが登場をしますが、この娘たちをスンナリと劇中に、また視聴者のイメージの中でも「ひだまり荘の住人」であると溶け込ませることができたのも、ラジオ体操の持つ体操を通じた共同体の生成といった機能が一役買っていたように思うのです。このアニメの中で、キャラクターとラジオ体操の繋がりというのは、なかなかに大きいと言えます。
 
様々な希望と意義を背負って生まれたラジオ体操は、全体主義をイメージさせる共同体による身体動作と、戦前・戦時下で非常に重大な意味を持ちえた「ラジオ」というメディアの特性から「ファシズムの象徴」としての嫌疑をかけられ禁止された期間もあったようですが、「ひだまりスケッチ」の中で描かれるラジオ体操の描写には、もっと緩やかで幸福な調和や女の娘同士の仲良し空間といった演出意図が託されているのではないかと私は思います。
 
 

イエロー・マジック・オーケストラの「体操」

さて、ここまでは「ラジオ体操の誕生」という非常に興味深い内容の書物を参考資料にしながら、「ひだまりスケッチ×☆☆☆」におけるラジオ体操の意味をアレコレと妄想してきたわけですが、これが本作の監督である新房昭之氏のクレジットに注目をした場合、また別の方向からの想像力を働かせずにはいられません。
 

 
同監督のまりあ†ほりっくのEDではイエロー・マジック・オーケストラ君に、胸キュン。をカヴァーし、「ひだまりスケッチ」のラジオCDでもアルバム「Solid State Survivor」のパロディを行うなど、新房監督は大のYMOファンとして知られていますが、「YMO」そして「ラジオ体操」とくれば、YMOファンならば即座に名盤「テクノデリック」収録の「体操」を思い起こさずにはいられないでしょう。
 


 
「テクノデリック」は、YMOが従来のシンセサイザーを使った似非東洋的テクノポップからの脱却を図った前作「BGM」サウンドアプローチを更に深化させ、サンプリングを使用したミニマル・ミュージックへと踏み込んだ意欲作です。
とにかく全編に渡って、サンプリングによる不可思議な音の質感とミニマルなイメージが連綿と繋がる不思議な作品*2なのですが、そのアルバムの中からシングルカットされた曲が「体操」なのです。
 

 
このアルバムのミニマルな曲調と「ひだまりスケッチ」におけるミニマルな時間構成。この二つが同じく「体操」というキーワードで結びついていることは非常に意味深です。
真相は分かりませんが、こういった作品の枝葉の部分を一つとっても、色々な想像力を働かせてくれるのがアニメ版「ひだまりスケッチ」の魅力であり、新房作品の魅力の一つと言えるのではないでしょうか。 
 
 

■まとめ

新キャラクターや一部スタッフの変更により、それまでの作品のニュアンスとは若干異なった部分も見られた「ひだまりスケッチ×☆☆☆」。その中で反復されたラジオ体操のアニメーションには、非常に沢山のニュアンスが込められていたように思います。
 
まぁ、そんなことをアレコレ思いつつも、自分が今強く思うことはたった一つ。子ども頃のに、夏休みが来る度に行っていたラジオ体操のように、また来年も「ひだまり荘」に住んでいる彼女たちに会いたい。ただ、それだけなのです。
 
 
 
<関連エントリ>
■「夏のあらし!〜春夏冬中〜」における昭和歌謡の引用と、新房昭之監督とテクノポップ
 
<関連URL>
■ラジオ体操の歴史(かんぽ生命)
■201号室に関するメモ―『ひだまりスケッチ×☆☆☆』とテーブルの件(EPISODE ZERO)
■ひだまりスケッチ ヒロさんの部屋で使われてる物 (☆☆☆)
 

*1:この番組が世界初のラジオ体操というわけではなく、これ以前にも「ラジオ放送を通じて体操を行う」という趣旨の番組は、いくつかの国と地域で行われていたそうです。

*2:そんな実験的な作品なのに、次作の「浮気なぼくら」では「君に、胸キュン。」に代表されるテクノ歌謡路線に走り、続く「サーヴィス」では三宅裕司とコントをやるなど、尋常じゃない振り幅を見せた。