ブシロードがリングの上で展開する"アキバ系"と"プロレス"のメディアミックス

 

 
"アニメ""プロレス"という二つのカルチャーをクロスオーヴァーして楽しんでいないファン層には、それは余りにも唐突で不思議な光景に映ったことだろう。
新日本プロレスの夏の風物詩であるリーグ戦「G1 CLIAMX」。その21回目の大会は、悲願の初制覇を果たした中邑真輔に、声優アイドルグループであるミルキィホームズのメンバーが記念の花束を贈呈する…という不思議なシチュエーションでもって幕を閉じた。
 

 
チャンピオンである棚橋弘至の永遠のライバルであり、その棚橋を中心に据えた現在進行形の新日本プロレスに対する反体制派のリーダーである中邑の初優勝、その中邑や棚橋に対する敵愾心をむき出しにする"第6世代"の内藤哲也の決勝進出、元WWEのスーパースターやCMLLエストレージャ(メキシコのプロレスである"ルチャ"の人気レスラーの意)、あるいは鈴木みのる高山善廣といった強烈な個性を持ったフリー選手の参戦によって過去最大のボリュームとなった参加選手、そのヒストリーの中で初となる福岡での開幕戦…何より、近年でも稀にみる興業的成功、といくつものスポット的なハイライトと"to be continued"なネクストを連戦の中で生み出した2011年にG1において、このプロレスと声優アイドルの邂逅というのも、やはりハイライトの一つであり、次に繋がるネクストなのだろう。
 
そもそも、このシークェンスが生み出された背景にはカードゲーム会社ブシロードの本大会へのスポンサードが存在している。"カードゲーム"と"プロレスリング"という二つの異なるフィールドを駆け回るブシロード。今回のエントリでは、その関係性のヒストリーをアレやコレやと、ちょっとだけ紐解いてみようと思う。
 
 

■"ブシロードPresents."という2011年のG1 CLIMAX

前述の通り、2011年、21回目のG1は株式会社ブシロードが冠スポンサーとなり興業が開催された。熱く暑い真夏の日々に行われる過酷なリーグ戦のクライマックスである両国国技館に設置された看板には、ブシロードが展開しているカードゲーム「カードファイト!! ヴァンガード」のキャラクターが描かれ、それらと向かい合うようにして棚橋弘至中邑真輔後藤洋央紀真壁刀義、という現在の新日本プロレスの主力4選手のポートレイトがレイアウトされていた。
 

<週刊プロレス 1591号 (ベースボールマガジン社刊) P.51>
 
アニメや漫画のキャラクターと、実在のプロレスラーが一つの世界観の中で共存する…のは、そのサンプルとして「タイガーマスク」の名前を出すまでもなく、いくつもの前例があったわけだけど、従来までの劇画やキッズ向けのアニメ・特撮作品と違いブシロードの場合は所謂"アキバ系"のカルチャーで商品やイベントを展開しており、その辺りのデティールが今回のG1では異彩を放っていた。そして、その到達点が、ミルキィホームズの中邑への花束贈呈だったわけである。
 
各種販促、広告アイテムに自社のキャラクターを強く打ち出したこと、そして、ブシロードの関連商品の中でも一際大ヒットとなった探偵オペラ ミルキィホームズの主演声優たちをリングの上に上げたこと…には、"スポンサー"としての当然のギブ&テイクに加えて、自社のアイデンティティーを強く打ち出そうとする、ブシロードという会社の強い意識が垣間見える。
 
こうした"アニメ""漫画""カードゲーム"といったカルチャーと"プロレスリング"をミクスチャーさせること、そうした方向性の根幹に存在しているのは、やはりブシロードの中心人物である木谷高明という人物のプロレス、格闘技に対する強烈な情熱であろう。
 
 

木谷高明とプロレスの密接なリンク

木谷氏とプロレス、格闘技のリンクは、今回のG1が初めてではない。そもそも、ブシロードは株式会社ブロッコリーを退社した木谷氏が立ち上げた新しいカンパニーであるが、その"前史"であるブロッコリー時代にも、主力商品として売り出そうとしていたカードゲーム「ディメンション・ゼロ」のイメージキャラクターに、当時、絶大な支持を得ていたMMAイベント「PRIDE」の人気選手である五味隆典を起用。また、五味をメインMCとした自社提供によるラジオも展開しており、格闘技やプロレスといった"ちょっと特別なニュアンスを含んだプロ・スポーツ"へのスポンサードをこの頃から行っていた。
 
いまや、木谷氏の興味と目線は総合格闘技を離れ、プロレスリングに向かっているようではあるが、それはつまり総合の登場によって低迷期に陥った日本のプロレスが、今回のG1の盛況と熱狂に見られるように、ここにきて再び光を取り戻そうとしているということなのだろう。
木谷氏のプロレスや格闘技に対するパッションやリスペクト…ともすれば暴走気味にすら見られる"愛"と、マーケティング的な企業戦略が複雑に交錯したブシロードのスポンサードは、即ちプロレスというジャンルの隆盛を映し出す鏡でもある。
 
そうした木谷氏の"愛"は、単純に団体、選手への金銭的な企業活動には収まりきれなかったのだろう。今年の5月には、自信がプロデュースするプロレス団体、ブシロードレスリング」を旗揚げしている。
 
 

■「ブシロードレスリング」というプロレスの風景


 
ブシロードレスリング」は木谷氏の考える"アキバ系カルチャー"と"プロレス"をミックスさせた、現段階での理想像であり実験的なイベントだったと言える。
そのバランスのせめぎ合いは、やはり複雑で非常に難しく、イベント的な成否に関してはまだまだ議論の余地が残るところだけど、それでも「ブシロードレスリング」は、日本のプロレスのヒストリーにおいても、やはり新しく、また特異点的なイベントだったと言えるだろう。
 
ブシロードレスリング」では、大谷晋二郎率いるプロレス団体「ZERO1」を中心に、新日本プロレスDDTの選手が参戦。ZERO1のエースレスラーと若手のタッグである田中将斗、柿沼謙太組を、新日本プロレス中西学、キング・ファレ組が迎え撃つ、純粋な"プロレス"の試合もあれば、秋葉系カルチャーとコラボレーションをしたエンタメ色の強い試合も存在する。
木谷氏の盟友であり、インディープロレス随一のエンターテイナーである菊タローは、アイドルの浦えりか扮する"ブラック★ロックシューター"の前に立ちはだかる謎のマスクマン"デッドマスター"に、高山善廣DDTのMIKAMIはブシロードのカードゲーム名をリングネームに頂いた"ヴァイス"と"シュバルツ"に、そして、木谷氏自身もヴァイスとシュバルツを送り込むヒール・マネージャー的なキャラクター"キッダーニ男爵"へと、それぞれが普段のアイデンティティーとは異なるキャラクターへと"変身"した。
 
そんな様々なスタイルとキャラクターが交錯する試合と、ミルキィホームズのライブを挟んで行われたメインイベントでは、K-1 MAXのエース選手であり、大のアニメオタクとして知られている長島☆自演乙☆雄一郎のプロレスデビューがレイアウトされており、その長島が対戦相手の佐藤耕平の攻撃に対してハードなバンプを取り続ける姿を観て、実況席にいたミルキィホームズのメンバーが泣きだし退場をする、というちょっとした事件も起きている。
 
ファンタジーとリアルが、アングルとアクシデントが、同じレイヤーで展開するのが"プロレス"というジャンルの特異なところである。木谷氏の現時点での理想をリングの上で描いてみせた「ブシロードレスリング」はプロレスとはちょっと異なる新しいタイプのイベントのようでいて、でも、やっぱりそれはプロレスであり、その中で木谷氏もミルキィホームズも立派にプロレスをやってみせたのだった。
 
 

■まとめ

ブシロードと、その前身であるブロッコリーは、自社のキャラクターやプロダクトをアニメ、漫画、ゲーム、あるいはトレーディングカード…と様々な媒体、商品で展開する"メディア・ミックス"をマーケティングの中心に据えていた。
ブシロードが目指すのは、オタク文化とプロレスリングのメディア・ミックスであり、おもちゃ箱をひっくり返したような会社運営であり、そして、ミルキィホームズは、そうした理想を実現するためのエース選手なのである。