人生初の海外旅行×犬とハサミは使いよう×黒ロン

 

 
9月6日は、黒髪ロング…略して、"黒ロン"の日なのだそうだ。
 
個人的には、大ファンである声優さんの白石涼子さんのバースデイ・イヴ(うりょっちは、9月7日生まれ!)というイメージが強い"9月6日"という一日なのだけれど、黒ロンファンの方にとって、この日は特別なニュアンスを持つ日らしい。大の黒ロンファンで知られる「水星さん家」id:mercury-cさんが仰っているのだから間違いないのだろう。
 
9月6日で、黒ロンの日。
 
個人的に、こういった何気ない一日…多くの人が極々普通に通り過ぎてしまう日にち…に特別なサムシングを託すという行為は好きだ。カレンダーに描かれた数字の列に、語呂合わせで自分の好きなもの、思い入れを投影させる…それは、世の中の"ファン"と呼ばれる層にとって、自身の愛を気兼ねなくアウトプットをする為の特別な精神活動なのだろう。そう考えると、9を"く"、6を"ろ"と読ませる日本語の響きそのものが何やらスペシャルでありがたいものすらに思えてくる…というのは、ちょっとオーバーだろうか?
 
同じく、"日本"等というマクロな視点で書き出してしまうと、如何にも大袈裟、或いはあらぬ誤解を与えてしまいそうだが、黒く長い髪の毛に美しさを見出すというのは、やはり如何にも日本人的な情感だと感じる。個人的な話で恐縮だが、つい最近異国の地でこんな体験をした。
 
 

■人生初の海外旅行

先日、韓国への旅行に行ってきたのだが、これが人生初の海外で、しかも、急に旅立ちを思い立ったものだから、準備もほとんどせずに慌てて日本を飛び出すという体たらく(何と言っても、出発の3日前にこれまた人生初のパスポートを取得する程の行き当たりばったりっぷりだったのだ)。当然、日本人観光客向けのツアーの募集も全て締切り。個人的に飛行機に乗り、個人的に宿を予約し、そして、自力で空港から宿まで辿り着かなければならない…という海外初旅行者にはなかなかにハードな旅だ。
 
日本のお隣の国とはいえ、やはり韓国は外国だ。
 
ジャイアント馬場はデカいのだ」ぐらいのそのまんま、かつアホ丸出しの発言で申し訳ないが、仁川国際空港着の飛行機を降りた瞬間にそう思ってしまったのだからこれはしょうがない。目に飛び込んでくる文字は全てハングル文字。耳に入ってくる言葉も全て韓国語。空港のエスカレーターで、目の前にいた男性のバッグから荷物がこぼれた。拾って手渡すと、返ってきた言葉は「カムサハムニダ」。
 
外国だ。
 
あの瞬間に感じた強烈なアウェー感といったらなかった。私のこの異国に対するナーヴァスっぷりを笑う人もいるだろうが、二十数年間、日本から一歩も出ず、しかも日本語しか話せない人間が、いきなり異国の地に一人で降り立った気持ちを想像してみて欲しい。ジョン・レノンも歌っていたが、相互理解や平和は想像力を働かせることによって、初めて実現するのだ。初めての外国でたった一人で過ごす夜というのは…す…凄く、怖いんだぞ!
 
仁川国際空港に着いたのは、夜の10時近くだったので、空港内はほとんど照明が落ち、薄暗かった。心細い思いをしながら、これまた初めての韓国の地下鉄に乗り、ソウル駅を目指す。勝手が全く分からない。地下鉄に乗る時なんて、切符と間違えて領収書で改札を通ろうとし、駅員に怒られたくらいだ。…地味に、あの時のショックは今でも消えていない。おのれ、あの時の駅員! 呪!!
 
初の海外で、早くも心に微妙な傷を負いつつ、ソウル駅で降車すると次はタクシーに乗り込む。会社で韓国通の同僚に「ソウルでは、ほとんどの場所で日本語が通じる」と聞いていたので油断をしていたのだが、駅前で拾ったタクシーの運転手さんは日本語が一切通じない方だった。しかも、ホテルの場所が全く分からないらしい。予約の紙を手に必死に"I Want To Go This Place!"などとブロークンな英語で話かけ続ける。カッコ悪いよ〜。
 
そんなエネルギッシュな体験の果てにようやく辿り着いたホテルは、これがもー絶妙にソウルのラボホテル街に位置する安モーテルであった。ピンクや黄色のケバケバしいネオンが輝くラブホ街でポツンと佇むモーテル。立地の関係で、部屋には一切陽が差さず、建物自体も結構に老朽化が進んでいる。何故か、バスルームはすりガラスで、ベッドはダブルベッド。…もしかしたら、ここもラブホテル的な使い方をしている人が多いのかもな…等と思いながら、ベッドに入る。
 
身体は疲れているハズなのだが、緊張と興奮からかなかなか寝付けない。やることがないので、仕方なくテレビを付ける。韓国ではケーブルテレビが普及をしているようで、テレビは非常に多チャンネルだった。ただし、どの番組を観ても韓国語しか聞こえてこないので、内容が全く分からない。異国の地で言葉も分からず、たった一人…。
 
不安だ。
 
言葉が分からなくとも何か楽しめる番組はないかとカチャカチャとチャンネルをザッピングし続けてみた。
 
 

犬とハサミは使いよう


 
と、その瞬間だ。ふとあるチャンネルで手が止まった。韓国版の「ANIMAX」だ。その時、放送をされていたのが韓国語字幕版の「犬とハサミは使いよう」。アッパーでナンセンスなギャグが持ち味のコメディーアニメだ。日本の最新のアニメがほぼリアルタイムで韓国でも放送をされていることに驚いたが、その時の安堵感というか安らぎにも似た気持ちは忘れられない。
 
慣れ親しんできた日本のアニメ絵、耳に親しみ続けている声優さんの声。何より日本語での放送。それらに触れた時の癒やしといったらなかった。異国の地で目に、耳にした日本のアニメ。それまでの緊張感や不安が一気に吹き飛んだ。
 
「犬ハサ」は、主人公のビジュアルも良い。主人公のベストセラー作家、秋山忍こと夏野霧姫は、艶やかな黒髪に長いロングのヘアースタイル…黒ロンな美女である。韓国で異邦人となった自分にとっての日本のアニメ、そして、黒ロンの美女…。異国の地に似つかわしくないほど、それは日本的でジャパニーズ・トラディショナル・オタクな光景であった。
 
私はどちらかというと、女の娘の髪の毛は染めている方が好みの人間だ。そんな人間ですら、あの夜に観た「犬ハサ」のヒロインの黒髪には"グッ"と惹かれてしまった。それというのは、やはり、「初めての異国でたった一人で過ごす夜」というシチュエーションも良かったのだろう。あの黒ロンは、本当に自身のエモーションに力強く迫ってくるものがあった。
 
"黒ロン"というのは、やはり、日本情緒溢れるというか、日本的な"美"であると改めて思った瞬間だ。そして、そんな日本的な情景に癒される我が心。それというのは、ナショナリズム等といったニュアンスではなく、非常にポジティブな意味での日本人としてのアイデンティティーの再確認だったと言って良いだろう。
 
黒く長い髪は、艶やかで美しい。
 
そこに気付かせてくれたのが、異国の地で観た「犬ハサ」であった。また、「犬ハサ」は中身も良い。ひたすらにアグレッシヴでハイテンションなギャグが炸裂コメディーアニメ。難しいことは何も考えず、頭を空っぽにして観ることができるアニメだ。しばらく「犬ハサ」を観ていたら、先ほどまで感じていた不安や心細さは一気に消え去ったものだ。「犬ハサ」…そして、黒ロン、恐るべしである。
 
 

■黒ロン

こういったちょっと特殊なシチュエーションで「犬ハサ」と出会った自分であるが、やはり、そうした状況下においては主人公の黒ロンというのは非常に魅力的かつ印象的に映った。ミステリアスであったり、純潔の象徴であったり…アニメや漫画に登場をする黒ロンは、様々なキャラクターを性を内包し、少女や女性の内面を雄弁に物語るが、「犬ハサ」の夏野霧姫の場合は、それはサディスティックなキャラクター性を強く孕んでいるといえるだろう。
 
ハサミを常に携帯し、周囲の人間に容赦なく折檻を加える夏野。そのヘアースタイルは、黒ロン。身に着けている服も下着も黒。「犬ハサ」における"黒"という色は、サディスティックでフェティッシュなイメージの象徴としての"黒"だ。この色のレイアウトは、アニメの中で本当にシックリときているように感じた。
また、主人公の髪の毛が黒ということで、ピンクとか白髪とか金髪とか茶髪とか…いかにもアニメっぽい髪の色を持ったキャラクター達も相対的に輝いてくる。「犬ハサ」は、とてもアニメらしいキャラクターデザインによって構成をされたアニメ作品だが、そのカラフルでかしましい色彩の中で、夏野の黒は作品を引き締める、そんな役割を担っている印象すら受けた…なんて、作品に対して"黒ロン論"をにわかなりに考えちゃうくらい、「犬ハサ」の夏野の黒ロンは良かったんだよなぁ。
 
異国の地で偶然出会った「犬とハサミは使いよう」というアニメ。そして、そこで自分に安心感を与えてくれた黒ロンの存在…。これは、完全なる出会いのおもしろさであり、黒ロンの魅力を再発見する貴重な体験であった。こういうのがあるからこそ、アニメを観るのはおもしろい…もっと、大袈裟に言ってしまえば人生はおもしろいのだと思う。
 
美少女アニメ、黒ロン…初の海外で出会ったそんな日本的な情景にスッカリ癒された自分は、この夜グッスリと眠ることができた。そして、翌日、ソウル市内をブラリと観光がてら歩いていると、黒く艶やかな長髪が艶めかしい地元の韓国人女性とすれ違った。
 
「おぉ! 韓国の黒ロン美人!!」
 
そうなのだ。よくよく考えてみれば、お隣の韓国も我々と同じモンゴリアンのアジア民族。黒い髪の毛が魅力なのは、全くもって同じなのであった。「そうか! 海や国境を隔てているといっても、黒ロンが女性の大きな魅力になるのは韓国でも一緒なんだな!」…このことに気付いた途端、私はこの国に強い親近感を覚えた。頭の中ではディズニーの名曲「イッツ・ア・スモール・ワールド」が流れ始めんばかりの勢いだ。
 
♪世界はせまい 世界は同じ
 
世界はまるい ただひとつ
 
世界中 だれだって
 
黒ロン好きなら なかよしさ
 
である。そう、黒ロンによって、自分はグローバリズムにすら開眼したのである! 馬鹿だな、単純だな、と皆さんお思いだろうが、私、馬鹿だし単純な人間なんだもの。ホントに、そう思ってしまったのだから仕方がないのである。
 
そんなこんなで黒ロンに癒され、そして、グローバルな感性にも目覚めた私は、心の底から韓国の滞在を楽しんだ。もはや、渡航前に感じていた不安や海外旅行に対する苦手意識は皆無だ。来年もまた韓国に行ってみたいと思うし、できればオーストラリアにも行ってみたい。そこまで自分の意識を変えてくれたきっかけになったのが、あの日の夜、ソウルのホテルで観た「犬とハサミは使いよう」であり、その物語の主人公である夏野の黒ロンであった。
 
あの黒ロンがなければ、自分は今よりももっと狭い世界で生きていたかもしれない…。黒ロン凄いよ! 異国で観ると、また別格だよ!
 
今まで、日本でしか時間を過ごしていなかった分、これからは海外に行って色んな経験をしたり、様々な文化に触れたり、観たことの無い景色を観てみたい…今、自分はそんなポジティブでアグレッシヴな心境になっている。勿論、その時は旅行鞄に黒髪少女が主人公の漫画やラノベを詰めて。
 
非常にオーバーかつ超個人的な話になりましたが、以上が私が黒ロンの日に向けて思いを託したエントリです。「犬ハサ」の黒ロンに感謝をしながら、また来年の9月6日に、新たな黒ロンエピソードを語れる日を強く望む。