「世界でいちばん強くなりたい!」に見る総合格闘技ブーム以降のプロレス

 

 
プロレスファンである自分としては毎回気になって観てしまう、そして、視聴後にはリングにまつわる何かしらのサムシングを語りたくなるアニメ…それが、世界でいちばん強くなりたい!
 
今回のエントリは、本作にまつわるプロレスと格闘技トークのアレやコレやでエントリを簡易更新。おもしろいのが、この「せかつよ」。プロレスを描いた作品ではありますが、作品を構成する要所要所にプロレスとは似て非なる総合格闘技のエッセンスが含まれているんです。
 
 

■「せかつよ」のPV映像に見るPRIDEの影響

「せかつよ」への総合格闘技の影響は、こんなところに現れています。
 
<「世界でいちばん強くなりたい!」 / アニメ化決定PV>

 
本作のイントロダクションとしてWeb上で公開をされていたPV映像。アニメ本編にも出演をされている立木文彦さんがナレーションを務めていらっしゃるけれど、このキャスティングは恐らく総合格闘技イベント、PRIDEを意識しての人選だと思われます。
 


 
PRIDEで試合前に流れる選手の紹介と試合を盛り上げる為のプロモーションを兼ねていた映像…所謂"煽りV"でナレーションを担当していたのが立木さん。PRIDEを地上波放映していたフジテレビの元ディレクターである佐藤大輔氏の手によって数多くの傑作映像が生まれた煽りVですが、その映像に決して欠かせなかったのが立木さんの声でした。
 
PRIDE消滅後も「世界の果てまでイッテQ!」や「炎の体育会TV」といったテレビ番組で、今も立木さんの声と佐藤大輔テイストに満ちた演出術によるPRIDE煽りV風の映像は再生産を続けられています。きっと、「せかつよ」のプロモーションもその流れを汲んだものなのでしょう。そして、それはプロレスファンである自分にプロレスよりも総合格闘技の方がマジョリティーだった時代がこの国に存在していたこと…或いは、総合格闘技の演出術が、いつの間にかプロレスの領域をテイクオーバーしていたこと…を強く感じさせるのです。
 
PRIDEによる総合格闘技ブームが起こって以降、プロレスは一気に人気が下火になり所謂"暗黒時代"という冬の時代を迎えることになりました。業界最大手のメジャー団体である新日本プロレス復権や有望な新人選手の台頭、そして各団体の弛まぬ努力の果てに、近年ではその人気を復活させつつあるプロレスですが、それ以前には確かに"リングの上の格闘技"といえばプロレスを指すのではなくPRIDEやK-1…といった"総合格闘技"がメジャーとなっていた時代があったのです。そして、PRIDEでの立木さんによる煽りVは、そんな総合格闘技ブームを象徴するコンテンツの一つであったと言えます。
 
プロレスアニメのPVのナレーションに立木文彦さん…一見すると、それは非常に自然でフィットをした組み合わせに見えます。でも、それは決してプロレスの文化圏にあったものではなく、総合格闘技の影響下にある演出術なんです。どこまでスタッフさんが意識をしたのかは分からないけれど、この少しチグハグなキャスティングは個人的には強く興味をそそられます。
 
 

■さくらのテーマ曲「SAKURA VICTORY」を作曲したのは…

こうした、一見すると如何にもプロレス風…しかし、実のところはプロレスと似て異なる総合格闘技の文化圏による技術と体系による演出術というのは、この立木さんのナレーション以外にも本作でいくつか散見をされます。例えば、主人公である萩原さくらのテーマ曲に関してもそうです。
 
<萩原さくらテーマ曲 / SAKURA VICTORY>

 
さくらのテーマ曲「SAKURA VICTORY」の作曲者である藤澤健至さんは、アニメのプリキュアシリーズや「NARUTO」の音楽を手掛けた高梨康治さんのバンドメイト、ギタリストであり、ご本人も数多くのアニメ関連の楽曲に携わっていらっしゃるミュージシャンです。で、おもしろいのがこの藤澤さん、実は高梨さんが作曲を務めたPRIDEのテーマソングにも参加をされていること。
 


 
PRIDE各大会のオープニングを彩る、力強い鼓動のビートと流麗なメロディーが印象的なこのナンバー。この楽曲に、藤澤さんはギタリストとして参加をされています。つまり、さくらのテーマもやはり強くPRIDE、総合格闘技からの影響を受けている、その文脈化にある曲なわけです。
 
このように、「せかつよ」はナレーション、劇中のBGM…と各所にPRIDEからの影響が強く見られます。もしかしたら、スタッフさん(例えば、音響監督のようなアニメの"音"に携わる重要なポジションに就かれている方)のどなたかが熱狂的なPRIDEのファンで、立木さんや藤澤さんの本作への起用は、それ故の人選なのかもしれません。正確な理由は分からないものの"プロレス"を描いているアニメの各パーツが実はPRIDEの文化圏、流れを汲んでいるというのは如何にも総合格闘技登場以降のプロレス描写だなぁ、と思うのです。
 
立木さん(と佐藤大輔ディレクター)が、過去に「キン肉マニア」という「キン肉マン」をフィーチャーし、各団体のプロレスラーを多数起用したイベントにも参加をされていますし、PRIDEも桜庭和志高田延彦田村潔司といった所謂"U系"団体のプロレスラーをそのヒストリーの中での重要な登場人物としてキャスティングを行ってきました。ですから、ここ日本では総合格闘技という文化圏そのものがプロレスと密接に関わっていますし、深く結びついていたとも言えるのですが、プロレスアニメで総合格闘技ブームの象徴のようなクリエイターさんの名前をお見掛けするというのはこの国のプロレス、総合格闘技の歴史を顧みる上で非常に象徴的かつ興味深いポイントであると、私は「せかつよ」で竹達彩奈さんの喘ぎ声を聞く度に強く思うのです。