「龍ヶ嬢七々々の埋蔵金」と跳びつき腕ひしぎ逆十字固め






ライトノベル原作、劇中音楽はMONACAが担当、更にEDでは声優アイドルユニット、スフィアの楽曲を起用…と、"ノイタミナらしくないノイタミナ枠アニメ"龍ヶ嬢七々々の埋蔵金


とはいえ、ノイタミナというブランドも長年の歴史がある上に、バラエティーに富んだ作品が揃っている為、"ノイタミナらしさ"なんてのも非常に曖昧模糊としたアブストラクトなイメージでしかないんですが、それでも「龍ヶ嬢七々々の埋蔵金」という作品のキャラクターデザインや演出は、"木曜深夜のフジテレビで放映をされているテレビアニメ"としては、やっぱりちょっと異色で思わず目を惹かれてしまいます。


そんな「龍ヶ嬢七々々の埋蔵金」の第一話で最もインパクトがあったシーンが、七々々と初めて遭遇をした重護が部屋で"バトル"を繰り広げるシーン。

「基本はバーリトゥード形式。相手に『参った』って言わせたら勝ちね」



そんな七々々の言葉通り、バトルは情け容赦なし、エンターテインメント的な要素もなしのガチンコ勝負で、重護を関節技で"秒殺"し、その腕を無慈悲に破壊してみせた七々々の勝利に終わります。





ここでフィニッシュに使われたのが腕ひしぎ逆十字固め、それも、グラウンド状態ではなく立っている相手に跳びついての"跳びつき腕ひしぎ逆十字固め"です。アニメでも非常に印象的だったこのシーン。格闘技、プロレスファン的にも興味深いシークエンスで、本エントリでは、その辺についてちょっとアレやコレやと言及をしてみたいと思います。




佐藤ルミナの跳びつき腕ひしぎ逆十字固め

跳びつき腕ひしぎ逆十字固め…と聞いて、自分と同年代かそれ以上の年齢の格闘技ファンならば、反射的にある試合を脳裏に思い浮かべることでしょう。


ある試合とは、1999年1月15日、修斗後楽園ホール大会。そのメインイベントで行われた佐藤ルミナvs.チャールズ・テイラー戦です。


■1999.1.15 修斗 後楽園ホール大会 (6) ルミナ×テイラー(バウトレビュー)


この試合で、当時、修斗のエース選手の一人だったルミナは飛びつき腕ひしぎ逆十字を極め、相手を瞬殺。この時、試合開始から相手のギブアップを奪うまでに要した時間は、僅か6秒。まさに電光石火の神業により劇的な勝利を収めたルミナは、"修斗のカリスマ"と呼ばれ、同競技内での絶対的な存在となっていきます。


99年といえば、PRIDEがメジャーイベントとなり、空前の総合格闘技ブームを巻き起こす前の話であり、日本の総合格闘技が黎明期から成熟期へとコンテンポラリーな発展を遂げていた時代です。試行錯誤の末に、様々な技術や戦術が次々に生まれていた時期であり、総合格闘技が単なる殴り合いから"競技"に生まれ変わる、さながら"MMAのプレモダン"とでも呼ぶべきターム。


そんな中でのルミナの跳びつき腕ひしぎ逆十字での秒殺勝利は、格闘技ファンの間で大きな衝撃と与えると共に、佐藤ルミナというカリスマ選手の誕生という日本の格闘史に新しい時代の到来を印象付ける意味を持つ、非常に重要なファクターであり、エポックメイキングな出来事でした。




ケンドー・カシンの跳びつき腕ひしぎ逆十字固め

ルミナ戦の鮮烈な印象により、総合格闘技の世界で、相手を瞬時に倒す"秒殺"の一種の代名詞ともなった跳びつき腕ひしぎ逆十字固め。総合格闘技だけではなく、プロレスの世界でもこの技が凄まじいインパクトを放った試合が存在をします。


それというのが、2001年の10月に行われた新日本プロレスの東京ドーム大会。この興行の中で、マスクマンのケンドー・カシンがタイトルマッチで王者の成瀬昌由を跳びつき腕ひしぎ逆十字で秒殺するという大事件を起こしたのです。


成瀬昌由 vs. ケンドー・カシン



覆面レスラーであるにも関わらず、マスクを脱いでカシンの正体である素顔の石澤常光として登場をし、コスチュームもプロレスの試合用のそれではなく、格闘技用のショートスパッツにオープンフィンガーグローブを着用…という"総合格闘技仕様"で登場をしたカシン。入場から異様な雰囲気を漂わせていたわけですが、試合でもチャンピオンの成瀬にほぼ何もさせずに跳びつき腕ひしぎ一発で一蹴。


エンターテインメントとしての要素を含み、対戦相手の持ち味を引き出しながらお互いに全力でぶつかり合うのが魅力のハズのプロレスのリングで、しかもベルトを懸けたタイトルマッチで「チャンピオンに何もさせずに、一方的に相手を一分足らずで倒す」というトンデモない試合をやってのけたカシン。以前から、各種腕十字を必殺技にしていたカシンですが、この試合のインパクトたるや抜群。今でも、自分は跳びつき腕ひしぎ逆十字固めと聞くと、前述とのルミナの試合と同時に、このカシン対成瀬戦を思い出します。


この頃の新日本プロレスは、総合格闘技ブームの波を受け、所属プロレスラーを格闘技イベントに送り込む(カシンも当時、PRIDEに出場)など格闘技路線をひた走っていた頃。結果的に、それが試合クオリティの低下や所属選手の格闘技戦での連戦連敗によるイメージダウンを招き、後に"暗黒時代"とまで呼ばれる大低迷期を招くことになるのですが、このカシンの跳びつき腕ひしぎ逆十字も、プロレスが格闘技に傾倒をしていた、その時代性を象徴するシーンと言えるでしょう。




■跳びつき腕ひしぎ逆十字固めは、秒殺の代名詞

こうして格闘技やプロレスの歴史を振り返ってみると、やはり、跳びつき腕ひしぎ逆十字固めという技は、"秒殺"やプレモダンな"総合格闘技"の象徴的な技だと言えると思うんです。現在のMMA(=総合格闘技)では、各選手の技術レベルが向上し、その技術も体系化され、サブミッションよりも打撃とレスリング能力が重要視される様になったのを受けて、こうした派手な関節技で一本を取るシーンというのもなかなか目にする機会がなくなりました。ただ、佐藤ルミナというファイターが、この技で鮮烈な勝利を挙げ、一時代を築き上げた様に、確かにこの技が総合格闘技というジャンルの中で、時代の最先端、トレンドだった時代があったわけです。


故に、七々々がこの技で重護を秒殺してみせたシークエンスというのは、格闘技的にも正しいし、また、彼女が用いた"バーリトゥード"ポルトガル語で「何でもあり」の意味。モダンでスポーツライクなMMAという言葉に置き換えられる以前は、総合格闘技はこう呼ばれていた)という言葉の響きも相まって、格闘技ファンにはある種のノスタルジーすら感じさせてくれました


奇しくも、その跳びつき腕ひしぎ逆十字固めで伝説の試合を残した佐藤ルミナは、今年、格闘家としてのヒストリーにピリオドを打ち、引退を表明しました。これは、個人的には非常に興味深いシンクロニシティ総合格闘技の伝説と未来、過去と現在。「龍ヶ嬢七々々の埋蔵金」の第一話を観て、思わず自分はそんなことまで考えてしまったのでした。