海へ行くつもりじゃなかった - アニメや映画で、"海を見に行く物語"は名作の法則

 

 
id:tatsu2さんのBLOG「subculic」で紹介されているアニメ版「AIR」の記事にグッときてしまったので、モロに感化されて、思わず衝動的にエントリの更新を。
AIR」の「まち」は、自分の中でも強く印象に残っている話だったりするんですが、感情と記憶に特に強く刻み込まれているのが主人公とヒロインが海を観るシーン。思えば、"海を観に行く物語"って須らくエモーショナルでセンチメンタルで強く心に残る作品…上記エントリでの「AIR」のエピソードもそうですが、個人個人の記憶の中に"名作"として残る作品が多い気がするんですね。
そんなわけで、今回のエントリでは過ぎ去った"夏"への追憶を込めて、映画、音楽、アニメ…と様々な表現ジャンルの中から"海"にまつわるエピソードをアレやコレやと語ってみたいと思います。
 
 

ストレンジャー・ザン・パラダイス


 
先ず、個人的に"海を観に行く"というモチーフで真っ先に思い浮かぶ作品が、やっぱりコレです。
ジム・ジャームッシュ長編映画2作目であり、映画のヒストリーに残る永遠の名作ストレンジャー・ザン・パラダイス
私はジャームッシュの大ファン…特に本作の大ファンで、拙BLOGの名前にもそのタイトルを拝借していたりするのですが、そんな個人的な思い入れとリスペクトを抜きにしても、この映画で描かれる海の描写は映画史に残るセンチメンタリズムでもって観る者の胸に迫ってくる、そういったエネルギーに満ち満ちていると思います。
 
生まれ故郷であるハンガリーに愛想を尽かし、精神の自由を求めてアメリカへと渡ってきた主人公、ウィリー。彼にとっての自由と憧憬の対象であるアメリカ、そのアメリカのシンボルであるジャック・ダニエルを呷り、悪友のエディーとギャンブルで生計を立てその日暮らしの生活を送るウィリーの元に、忌み嫌う故郷から従姉妹のエヴァがやってくる…。
 
ストレンジャー・ザン・パラダイス」は、そんな三人の男女の出会いと別れを描いたインディーズ・ムーヴィーの傑作です。今日のアニメファン的な語彙で表現するならば"日常系""空気系"とでも表現できそうな何気ない会話を、長回しを効果的に用いながら積み重ねていくことで、独特のストーリー性を持たせることに成功した本作のハイライトは、退屈な日々に飽き飽きしたウィリー、エディー、エヴァの三人が、閉塞した日常を打破する為の楽園を求めてフロリダへと到着するシーン。
 
"パラダイス"だったハズのカリフォルニアへ、そして海へと到着するも、だけど、そこには退屈な日常と地続きの"今"しかなく、そんな彼らの前に現れる能天気な"WELCOME to Flolida"という看板が、皮肉っぽく…だけど、何とも言えないセンチメンタルなコントラストを物語の中で生み出します。そして、この後のラストで訪れる三人の別れ…。
 
劇中で何か大きな事件が起こるわけでもない、悲劇でもなければコメディでもない。だけど、観る者のエモーションに深く深く踏み込み、そして強烈な印象を残す…それが「ストレンジャー・ザン・パラダイス」という映画の凄さであり、映画史の中で特別なニュアンスとポジションを未だに持ち続けている所以です。
そして、そんな映画の中で"海"がもたらす抒情性が、これたま素晴らしい。ポップで明るい海じゃないんですね。「ストレンジャー・ザン・パラダイス」の中で描かれる海は、深いセンチメンタルを携えた、寂寥感に満ち満ちた海…この映画の中で描かれる海がもたらす情感は余りにも痛切です。
 
そして、この映画で描かれる感傷的なイメージを携えた海をテーマにした作品として、やはりこの一本も外せないと思います。
 
 

■ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア


 
「知ってるか? 天国じゃ皆が海の話をするんだぜ」
 
余命僅かと宣告された二人の若者、ルディとマーチン。生まれてから一度も海を観たことがない二人は、「天国で皆がその話をする」という海を観る為に、人生最期の旅へと出発します。
大金を積んだ車を盗み、ギャングと警察に追跡され、ハチャメチャな逃避行と冒険を続けるルディとマーチン。トーマス・ヤーン「ノッキン・オン・ヘブンズ・ドアはドイツ映画の中でも、屈指の人気を誇る作品です。
 
本作は、不治の病に侵され、あとは死を待つしかない男二人が海を目指すセンチメンタルなロード・ムービーであると同時に、"逃亡者"と"追跡者"を描いた痛快なチェイス・ムービーでもあります。
故に、この映画の中では抒情性と娯楽性が非常に高いレベルで融合されている。恐らくは、クエンティン・タランティーノのようなアメリカの"尖った"映画の影響が強いと思うんですが、とにかく映像が"走って"いるんですね。
スタイリッシュな映像と小粋でユーモアに溢れたダイアローグの数々、それらが組み合わさることで生まれるグルーヴは未だに映画ファンの心を掴んで離しません。
 
ルディとマーチンには、命が尽きるまでのタイムリミットがあり、更にそんな二人をギャングや警察が追掛けてくる。海に辿り着くまでに二重三重の難関が待ち構えている。もう、このスリリングさが何とも堪らないんですね。観てる側は、劇中での二人のムチャな行動の数々も相まって、ハラハラドキドキしっ放しです。
 
そして、それだけの映画としての小気味の良さを有していながら、根底にはやはり深い感傷的なイメージが存在しています。映画の中でルディとマーチンが大金を使って、美味しい料理を食べても、高級ホテルに宿泊しても、キャデラックを最愛の人にプレゼントしても、最高の女を買っても…そこには常に"死"がつきまとい続けるのです。
 
誰しも、「一度でいいから常識に囚われずメチャクチャやってみたい! 遊んでみたい!!」みたいな願望は持っているかと思いますが、そういった思いをこの映画はスクリーンの中で、カッコいい映像と音楽を使って見事に叶えてくれます。でも、それは天秤の片方で、もう片方には"死"という人間にとって最悪の事象が乗っかっている。その二つをこの映画は巧みにバランスを取りながらストーリーを、二人の男の人生の最期を紡いでいきます。そして、その結末には海があるわけです。
 
最期を共にする男二人の友情と、逃避行モノとしてのスリリングなストーリー、そしてロード・ムービーの深いエモーション…これらの魅力がギュっと一本に詰まった傑作、それが「ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア」です。果たして、ルディとマーチンは、その命が尽きる前に、ギャングや警察の追跡を逃げ切り海を観ることができるのか? 未見の方は、是非是非この男二人の海を目指す物語の顛末を観ていただきたいと思います。
 
 

bloodthirsty butchers"ocean"

映画が二本続いたところで、今度は音楽で"海を観に行く物語"を。海をテーマにした名曲として、ここではbloodthirsty butchersの、その名も"ocean"という曲を取り上げたいと思います。
日本が世界に誇るオルタナティヴであり、エモであり、パンクであり、そして何よりもロックなバンドであるbloodthirsty butchers、"ocean"はこのバンドの現在のところの最新作である「 NO ALBUM 無題」というアルバムに収録をされています。で、この曲のPVというのが正に"海を観に行く物語"なんですね。
 


 
病床にある少年と共に海を目指す…というストーリー性に満ちたPV。Vo.の吉村秀樹氏の独特の声とギターが心に響く"ocean"ですが、PVもまた素晴らしい。コマ撮りでのアニメーションで語られるのは、とてつもなく優しくて、ちょっぴりセンチメンタルで、そして観る人に勇気を与えてくれるストーリー。そして、そこにあるのは海。
ストーリー的にもモチーフ的にも、「ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア」からの影響があると思うんですが、こちらのアニメーションも負けないくらいに心に伝わってくるものがありますよね。
 
ブッチャーズで海といえば、"nagisanite"という、これまた名曲もありますし、現体制(2003年にex.Number Girl田渕ひさ子が加入して四人体勢に)になってからの初のアルバムとなった「Birdy」収録曲の"Jack Nicolson"のPVも主人公が文字通りの明日なき暴走の果てに海へと辿り着き、そして日常へ帰っていくというストーリーでした。
 


 
ブッチャーズのエモーショナルなサウンドには、これまたエモーショナルな海の風景が良く似合う。…素晴らしいです。
 
 

続 夏目友人帳「約束の樹」


  
最後に、アニメ作品で描かれたエモーショナルな海にまつわるエピソードを。
人気アニメ作品である続 夏目友人帳の第5話「約束の樹」は、とにかく"海"が印象に残るアニメオリジナルのストーリー。
生まれから一度も海を観たことがなく、自分のテリトリーである森から出たことがない妖怪の子、霧葉。そんな内気な霧葉が夏目達の力を借りて、自分の殻を打ち破り成長をする…。
 

 
余り書くと色々と無粋になってしまうので、多くは語りませんが、とにかくこの「約束の樹」で描かれる海の風景の美しいこと、美しいこと! アニメに出てきた海で、私が一番好きで、そして最も心を掴まれたのがこのエピソードでの海の描写です。また、そんな海を目にした霧葉の感動を表現する演出が素晴らしいんですね! これは、是非ともアニメ本編を観て確認していただきたいところです。
 
"アニメ"で"海"というと、自分もそうなんですが、やっぱり可愛い女の娘の水着姿なんですね、一番最初にイメージしてしまうのが。でも、そういう明るくてポップなイメージだけじゃない海もあるんだと、ここまでで挙げてきたようなセンチメンタルでエモーショナルな海を、そんな海の風景とイメージを、アニメの中で美しく描いてみせたのが「約束の樹」の凄いところだと私は思います。
 
そして、そんな海の風景に絡めて描かれる霧葉の成長物語…。この「夏目友人帳」というアニメ作品に登場するキャラクターの優しさが身に染みる、とにかく温かく、そして感動的なエピソードです。
 
アニメに余り興味がない方でも、ここまでで紹介させていただいた映画や音楽のファンの方なら、きっと気に入ってもらえる…心に深く深く届くと思います!
 
 

■まとめ

映画、音楽、アニメ…"海を観に行く物語"は、どこかセンチメンタルで観る者のエモーションへと響いてきます。私は、本当にそういうのに弱いんですよね。感性の一番敏感な部分を持っていかれ、ボロボロ泣いちゃいます。
 

急げ 海へ オーシャンへ手を伸ばせ
急げ 夜の幕が降りる前
急げ 海へ オーシャンへ手を伸ばせ
急げ 夜の幕が降りる前

 
        - bloodthirsty butchers"ocean"

 
「海を観に行く物語は名作」…コレが私の持論です。
 
 
 
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