弱いツッコミと強いツッコミの話…からの「みなみけ」におけるケイコのツッコミ論

 

 
お笑いやギャグアニメ、漫画を観る際に、自分が強く注視をしてきたポイントがあります。
 
それは、"ツッコミの強さ"。ボケに対するツッコミ。その強弱をテーマにして、一度エントリを書いてみたいと思いつつも、上手く言語化ができないまま幾歳月。ようやく好機到来というか、先日、川口敬一郎監督によるみなみけの最新シリーズみなみけ ただいまを観ていた時にグッときた。この作品をサンプルに、自分が温め続けてきた"ツッコミ論"をエントリに出来ないだろうか? と。
 
そんなこんなで、今回のエントリではツッコミに対してアレやコレやと! 上手く言いたいことを伝えられるか心許ない文章力ではありますが、最後までお付き合いをいただけると幸いです。
 
 

■強いツッコミ、弱いツッコミ

先ず、話の大前提として、ツッコミには強度の差があり、"強いツッコミ""弱いツッコミ"があるのだという持論を展開させていただきたいと思います。
 
このツッコミの強度の差というのは、お笑いを例にして考えてみると分かりやすい。漫才でもコントでも、ボケ役とツッコミ役がいるのがお笑いの一番ベーシックな形というか、基本のフォーマットですよね。その際、ボケ役というのは、一般人の常識や良識からかけ離れた言動をする。そんなボケ役の言動に対して、訂正をしたり怒ったりして、論理的、あるいは感情的にアジャストメントを促すのがツッコミの役どころ。
 
だから、基本的にはボケ役よりもツッコミ役の方が強いと思うんです、漫才やコントの中での立ち位置、立場としては。例えば、ダウンタウンの浜ちゃんやサンドウィッチマン富澤伊達さんのツッコミを思い浮かべていただけると、この辺りのニュアンスは伝わりやすいかな、と。
 
<サンドウィッチマン / アルバイト>

 
こうしたお笑いコンビにおけるツッコミ役というのは、ポジショニング的にも言語的にも、とにかく"強い"。世間一般の常識を代表し、相手のボケに対して訂正を行う、否定をするのですから、これは力関係としても非常に明快で分かりやすい。
 
一方で、こうしたオーソドックスなツッコミのスタイルに対して、物凄く弱いポジションからのツッコミというのもあると思うんです。こちらも同じくお笑いコンビからサンプルを一つ挙げたいと思うんですが、例えばよゐこの濱口さんのツッコミなんかは、お笑いの世界の中でも凄く弱いそれだと思うんですね。
 

 
テレビのバラエティー番組の中ですと"馬鹿キャラ"のイメージが先行してしまっている濱口さんですが、本来のよゐこでのポジションは有野さんのボケに対するツッコミ役。で、そのツッコミというのは、コントという演劇の中において非常に弱くて危うい立場にある。
 
ボケとツッコミのポジショニング自体が判然としないシュールな初期のコント(「レスキュー隊」「休日」など)やツッコミとボケの立場が逆転し、濱口さんがボケ役を行うコント(「葬儀屋さん」など)もありますが、よゐこのコントの基本的なフォーマットは、明らかに常軌を逸した言動を行うボケ役の有野さんに対し、濱口さんが徹底的に翻弄され、追い詰められていく様が描かれます。時に、劇中で濱口さんは命を落としてしまうことすらある。その特異なスタイルによるよゐこのコントは、「ボケとツッコミ」ではなく「ボケと戸惑い」とまで言われる程です。
 
個人的なメモリーとしても、初めて、よゐこのコントを観た時の衝撃って物凄く強いんです。本来は、ボケ役の言動をたしなめるハズのツッコミ役が凄まじく無力な人間として描かれることに本当にビックリしたので。
そう、よゐこのコントって立場的に物凄くボケが強くて、ツッコミが弱いんですよね。常識的なツッコミや一般的なモラルが一切通用をしない有野さんのボケ。その中で、濱口さんは非常に卑小な一般人として描かれている。
 
この辺の"弱いツッコミ"っていうのは、もう少し下のジェネレーションだと麒麟森三中、ロバートといったお笑い芸人さんがクリエイトするコントにも通じる部分があるのではないかと思います。…まぁ、あくまで個人的な感覚によるものなので、この辺りのフィーリングって凄く伝わりづらい(特に、ツッコミにおける「弱い」「強い」の感じ方って人それぞれの感性と経験に依るところが大きいでしょうし…)と思うんですが…それでも、自分なんかはお笑いを観る時や、ギャグアニメ、ギャグ漫画を観る時にこのツッコミの強さ、ポジショニングの優位性っていうのは非常に注目をしているポイントなんです。
 
このポイントを意識することで、作り手の笑いに対する姿勢であるとか、芸風といった笑いの輪郭の部分がハッキリしてくるのではないかな、なんて。
 
 

■「みなみけ」におけるケイコのツッコミ論

といったお話をさせていただいたところで、ようやく「みなみけ」の話題へとシフトをしていくのですが、この作品の中で上記のようなちょっと特殊な…ひたすら非力で"弱い"ツッコミを体現しているキャラクターがいますよね。
 

 
そう、ケイコちゃんです!
 
南家三姉妹の次女、夏奈ちゃんのクラスメイトであり、親友でもあるケイコ。ボケとツッコミのポジションが頻繁にスイッチングをする「みなみけ」という作品の中でも、夏奈を始めとする中学生チームのキャラクターが"濃い"為に、常にツッコミを入れる側のポジションにいる女の娘。
 
ところが、とにかくこの娘のツッコミというのは弱い。一般常識から考えたら明らかに正しいことを言っているハズなのに、そのツッコミは時に無視され、時に相手に言いくるめられ無力化してしまうのです。
 

 
この辺は、妹の千秋ちゃんの夏奈へのツッコミと比べてみると、その違いは一目瞭然。「バカヤロー」という定番のフレーズと共に繰り出される、千秋の容赦無いツッコミの数々。実の姉に対して手を出すことすら厭わない、そのアグレッシヴなツッコミは、まさに"王道"たるボケとツッコミのレイアウトといった趣。
 
それに比べると、ボケ役が同じでもケイコのツッコミはひたすらに非力です。夏奈の不条理で理不尽な言動に、テストの点数が常に100点…な彼女の優等生的な正論は全くもって無力であり、ケイコは今日も夏奈達に振り回され、そっと目尻に涙を浮かべます。
 
「音域が高いアニメ声なのに、線が細い」という奇跡的なバランスの声質を持つケイコ役の声優、後藤沙緒里さんの個性も大きいのかもしれませんが、とにかくケイコという女の娘のツッコミは特殊です。もう、ひたすらに弱い。ギャグアニメ、ギャグ漫画の中でも、トップレベルの弱さじゃないかな、とすら思います。特に、アニメ版の「ただいま」ではその傾向が顕著ですよね。
故に、この娘の存在感というのは、作品内でも殊更に目を惹きます。私の中で、凄く印象の強いツッコミ役のキャラクターなんです、ケイコは。この娘の「みなみけ」における特異なポジションっていうのは、もっと注目をされてもいいんじゃないかなと思います。
 
こんな感じで、「みなみけ」って、それぞれボケとツッコミのパワーバランスがハッキリとした作品だと思うんです。例えば、保坂は徹底したボケ役ですが、そこに対する速水先輩のツッコミはひたすらに無慈悲であり、とにかく強い。そういった具合に、その辺りの力関係に注目してみるとまた色々とおもしろい発見があるんじゃないかと思うんですね。そして、そこから浮かび上がるケイコの圧倒的な弱さ、非力さ。個人的にも、彼女のツッコミというのは、よゐこのコントにおける濱口さんのツッコミを初めて観た時のようなエポックメイキングな感覚がありました。
 
ボケ役に翻弄され、振り回され、無視されながらも、それでも健気にツッコミの言葉を入れるケイコ。何というか…物凄く肩入れをして眺めたくなるツッコミヒロインですね。