読書感想文 - 岐部昌幸著『ボクはファミコンが欲しかったのに』






今回のエントリでは、お正月休みに読んだ本の感想をアレやコレやと!




■人気放送作家の小説家デビュー作!

お正月休みにできた時間で何か本を読みたいと思い購入した一冊、岐部昌幸著『ボクはファミコンが欲しかったのに』。一昨年に刊行された本ではありますが、「そういえば、まだ買っていなかったな」とふと気付き、今更ながらの購入と相成りました。


岐部さんといえば、大人気ゲームバラエティ番組『ゲームセンターCX』の構成を手掛ける放送作家さん。『ゲームセンターCX』ファンにとっては、"岐部先生"のアダ名でお馴染みのあの人です。


そんな岐部先生にとって初の小説となるのが、この一冊。映画『ゲームセンターCX THE MOVIE 1986 マイティボンジャック』のスピンオフ的な作品であると同時に、小説家、岐部昌幸の処女作となります。


ゲームセンターCX』の他にも『ナニコレ珍百景』のような地上波の人気バラエティを手掛け、『Hi☆sCoool! セハガール』ではアニメの脚本に挑戦したりと、"作家"として様々なカルチャーで活躍をされている岐部氏ですが、本作も非常におもしろく読むことができました。


この本は、少年時代のノスタルジックな日々を描いた物語であり、アラサー、アラフォーの人間ならば随所に共感できる描写が度々登場する作品……というのが、読後の感想です。


主人公(であり、恐らく作者の岐部氏本人の少年時代がモデル)は、小学生の男の子、マサミチ。父親と母親、そして、弟の四人家族のマサミチの家は、団地暮らしで決して裕福とはいえない経済状態にあります。


この物語は、そんなマサミチの目線から物語が紡がれていきます。そこで描かれるドラマは、学校生活であり、友達との交流であり、そして、親子のストーリー。いずれも極々身近な……マサミチのように、少し気弱な少年時代を過ごした人ならば尚の事……誰しもが感情移入をすることができる他愛もない、だからこそ、親しげに心に響いてくるものばかりです。


構成としては、マサミチの周辺にいる人々が各エピソードでキーパーソンとなり、いくつかの章立ての中で学校行事や小学生特有の人間関係の様子が描かれていくシンプルな作り。しかしながら、小学生の感性に目線を合わせた描写は、何とも言えないリアリティを帯びていて、それが、この小説の大きなチャームポイントとなっています。


個人的には、母親とのエピソードは、とりわけ胸に響くものがあり、読んでいて二回程、思わず"ウルッ"ときてしまう瞬間がありました。私が『ゲームセンターCX』のファンであるという多少の贔屓目を抜きにしても、岐部さんの文章の上手さには心を動かされた次第。人間関係における描写の上手さは、本作の大きな魅力と言えるでしょう。




■ゲーマーなら思わずニヤリなゲームネタも魅力の一つ!

一方で、そうした普遍的なドラマ性に加えて、ゲーム好きの岐部氏らしいちょっとマニアック描写も数多く顔を出します。


例えば、本作の書き出しからしてこんな感じです。

吹きすさぶ冷たい風に顔を歪ませながら歩く小さな戦士は、一歩ずつ、頼りない足取りで強敵に立ち向かっていく。
「あっ。ぼうし!」
からっ風の痛恨の一撃によって、装備していた黄色い帽子が宙を舞う。
小さな戦士にとって「にげる」のコマンドが許されない三十分の道のりは、ロンダルキアの洞窟なみに過酷だった。



『ボクはファミコンが欲しかったのに』というタイトルの通り、劇中にはゲームネタが何度も登場します。この辺りは、如何にもこの作者らしいユーモアに溢れた特徴と言えるでしょう。


しかしながら、それらは物語を彩る為のエッセンスというニュアンスが強く、元ネタを知らなければストーリーの本筋を楽しめないような敷居の高いものではありません。


繰り返して書きますが、この小説の大筋となっているのは、誰しもの記憶に当てはまるノスタルジーに溢れた少年期の物語であり、少年の頃に見ていた風景という普遍性の高いものなのです。


変にマニアックになり過ぎることなく、"ゲーム"というアイテムをオリジナリティを加える為の要素として上手く活用しているという辺りは、『ゲームセンターCX』にも通ずるものがあるのかな、という印象を受けました。


これまた個人的な印象論なのですが、「軽妙で読みやすく、ユーモアに溢れた文体」「度々、顔を出すマニアックな小ネタ」「"イケてない"学校生活を送る男子の目線」という本作を構成する要素からは、"オーケン"こと大槻ケンヂ氏の小説に近いものも感じました。『ゲームセンターCX』ファンだけでなく、オーケンファンにも一度、読んでいただきたい作品です。


全体的には軽快でありながら、時折、グッと情感を刺激してくるシーンが盛り込まれおり、そのバランスがとにかく楽しい作品。あっという間に読み終わりました。岐部先生の小説第二作である『世にもふしぎなゲームの物語』も近い内に読んでみたいですね。