成年漫画における「好き」という感情のユニークな描き方 - 戦国くん「PRETTY COOL」と「ブレードランナー」

 
「好き」って気持ちは、人間が生きていく上での根本的な原動力だと思うんです。
その「好き」っていうのは、異性(人によっては同性の場合もあるのか)に対しての「好き」だったり、恋愛じゃなくて憧れとか友情の念としての人に対する「好き」だったり、作品やものに対する「好き」だったりします。
 
漫画やアニメ、はたまた映画や小説といった表現分野には、この「好き」という感情を上手く表現した秀作が数多く存在します。そして、その中には成年漫画の作品だって、もちろん含まれています。 
今回のエントリは、ティーンエイジャーのカップルの瑞々しい感性を、ユニークな設定を用いながら非常に上手く表現をした成年漫画、戦国くん先生の「PRETTY COOL」の感想文を書いてみたいと思います。
 
成年漫画を紹介する時は、性的な描写に対して修正をかけることにしているんですが、今回ばかりは修正をかけてしまうと、本作の魅力が薄れてしまうので、画像もほとんどそのまま使用しています。…具体的に言うと、カーペンターズばりに、女性の胸のTop of the world*1が、まんまルッキンしています。
 
なので、18歳以上で、そういうのに不快感を感じず、私の拙文を「読んでやってもいいよ!」という方は、以下をクリックでお願いします。
 
 

<戦国くん「PRETTY COOL」(茜新社)>
 
まずは、表紙をご覧ください。通学路を全裸の女の子が歩いてるインパクト大のデザイン。帯に書かれたコピーは「ハダカで登校!! ハダカで授業!?」
成年漫画ということで、この表紙とコピーだけを見ると「すわ! 露出モノかっ!?」と思われる方もいらっしゃるでしょうが、そうではないんです。
本編を読むと分かるのですが、一見すると全裸に見える彼女。実は、ちゃんと服を着ています。服を着ているんですけど、裸に見えちゃうんですよ。
 
 

■不思議な超能力を用いたユニークな設定

本作のヒロイン、薬袋さん*2は、「好きな相手に、自分の裸体を透視させる」という超能力を持った女の子なのです。で、そんな薬袋さんの裸がある日突然見えるようになってしまったのが、主人公の各務くん。漫画は、この二人の恋の行方を描いていきます。
 


 
物語は、主人公である各務くんの一人称を中心に展開していきます。
最初は、自分にしか薬袋さんの裸が見えないというシュール過ぎる状況に、主人公は「自分の頭がおかしくなってしまったのではないか?」と悩むのですが、
 


 
裸で目立ちまくる薬袋さんの姿が、嫌が応にも視界に入ってきてしまい、いつしか彼女のことを好きになってしまっている自分の気持ちに気付くわけです。で、ふとしたきっかけで、彼女も自分に好意を持ってくれていることを知り、主人公の恋心は両思いという形で成就するのですが、同時に、薬袋さんの能力の秘密も理解することとなります。
 
そこから、二人の交際がスタートするわけですが、なんと言ってもヒロインが終始素っ裸という特異なシチュエーションなので、普段のデートの様子や、会話のやり取りなんかも、傍から見るとかなりシュールな絵になるわけですよ。
例えば、劇中でのこんな一コマ。
 


 
初めてのデートで、自身の服装を気にしている薬袋さんですが、各務くんには服が見えていません。
薬袋さんは、自身の能力に無自覚なので、劇中では恋人である各務くんとのやり取りには、こうしたズレが何度も発生し、読者を楽しませてくれます。この辺の見せ方には、作者である戦国くん先生のセンスを感じます。本当に巧い!
 
更に、巧みなのが、このトリッキーな超能力が、「PRETTY COOL」という作品において、ただ単にコメディーの要素として機能しているわけではないということです。主人公カップルの恋の行方に波紋を投げかけ、物語に緊迫感を与える、重要な演出としても物語を盛り上げます。
 
 

■「好き」という気持ちが、目で見えるということは…

相手が自分のことを好きでいてくれて、それを言葉や行動で表現しなくても、目で確認できるということは、単純に考えると便利で幸せなことのように思えます。
相手が自分に対して好意を持ってくれているかどうかを、悩んだり考えたりする、恋愛の何ともいえないもどかしさを感じなくても済むからです。「PRETTY COLL」における主人公カップルは、そのような悩みとは無縁の、理想的な関係そのもののように思えます。
 
ですが、ある日突然、彼女の服が透けなくなってしまったらどうでしょうか?
 


 
「好き」という気持ちを目で見ることができる。
それって、一見すると便利なように思えますが、本当は物凄く恐ろしいことでもあります。何故なら、相手が自分のことを「好きじゃなくなった」時には、それすらも見えてしまうからです。
人に対する「好き」という気持ちは、本来は非常にデリケートなものです。それが、本人の意識とは無関係のところで、ストレートに相手に伝わってしまう…。これは、怖い。
 
更にそれが、恋愛や性のことを上手く理解できていない子どもの頃の話ならば、尚更です。
 


 
各務くんと薬袋さんは、この不条理な超能力のおかげでお互いに結ばれたわけですが、そのせいで傷ついたり、人知れず悩んだりすることになります。
 
この辺りの描写は、例え、相手の「好き」という気持ちを見ることができたところで、結局のところ、恋愛における苦悩や困難というのは避けて通ることができないのだ、という恋愛の本質を描いているようにも思えます。
そして、この困難を、二人がどう乗り越えていくかが、本作の一番の見所となるわけです。
 
コメディーの一要素として、そしてドラマを盛り上げるためのシリアスな要素として、戦国くん先生は、トリッキーな設定を用いながらも、ティーンエイジャー同士の初々しくも真摯な「好き」という感情を、丁寧に描いていきます。
 
また、劇中には、主人公のカップルの他にも、もう一組のカップルが登場するのですが、この二人もティーンエイジャーらしい不器用さではありますが、お互いの「好き」という気持ちをぶつけあいます。この二人の行く末にも、注目して読んでみると、また情感に満ちた「PRETTY COOL」という作品の世界観が、より一層広がります。
 
成年漫画とはいえ、こんなにも「好き」という気持ちに溢れた作品。読むと、本当に胸にツンときて、愛しい気持ちになるんですよ、私は。
 
 

■作者の「好き」が伝わってくる、こだわりのオマケ描写

ティーンエイジャーのカップルを瑞々しく描いていく「PRETTY COOL」ですが、恋愛における「好き」の他にも、劇中には、戦国くん先生自身の「好き」という気持ちが溢れています。
「PRETTY COOL」には、数々の映画関係の小ネタが仕込まれていて、作者である戦国くん先生の映画に対する愛情が伝わる作りになっているんです。
 
例えば、第一話が始まってすぐの教室のシーン。
 


 
黒板に「一角獣の象徴するもの」「デッカードレプリカントだったのか?」「最終版での変更点」といった文字が書かれています。
これは、アレです。リドリー・スコットの傑作SF映画ブレードランナーのキーワードです。
 
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この映画のファンならばご存知の通り、「ブレードランナー」にはいくつかの編集バージョン違いが存在するのですが、ここでは「最終版」と呼ばれるバージョンについての解釈を巡るキーワードがピックアップしてあります。
で、「ブレードランナー」ファンは、こういう各ヴァージョンにおける変更点や、それに付随する解釈の違いを議論するのが大好きなんですよ!
 
どうやら、戦国くん先生は「ブレードランナー」が大のお気に入りらしく、こだわりの描写がいくつも出てきます。
 
例えば、背景の黒板に、「ブレードランナー」のドキュメンタリーフィルムやサントラの楽曲のタイトルが書き込まれていたり、観る者に不思議な余韻を残す、主人公デッカードと屋台のおやじの劇中での奇妙なやり取り(■参考動画)を、さらりと台詞の中でパロディーにしていたり、
 

<左:P.61 右:P.86より>
 
単行本化された際に追加されたラストのカラーページでは背景に「一角獣の折り紙」が描かれていたりと、ブレードランナー好きならば、思わずニヤリとしてしまいそうな小ネタが作中に散りばめられています。
 


 
中でも、個人的に「ブレードランナー」に対する、強いこだわりと愛情を感じたのが、第二話で主人公のカップルが映画を観に行くシーンです。
劇中での描写や、映画を観た後の二人のやり取りから、観た映画が「ブレードランナー」であることが分かるのですが、漫画の中で描かれている映画館が、どう見ても新宿の映画館、新宿バルト9なんですよ!
 


 
新宿バルト9は、いわゆる「シネコン」タイプの映画館なんですが、こだわりのラインナップによるレイトショーを行ったり、格闘技中継や映画関連の各種イベントを開いたりと、シネコンの中でも、かなり個性の強い映画館です。
最近だと、テレビアニメ「東のエデン」でも、明らかに新宿バルト9をモデルにした映画館が登場するなど、漫画、アニメファンにも妙に接点のある映画館でもあります。
5/24追記:すいません! これは、完全に自分の思い違いでした。ビデオで見返してみたら「東のエデン」でモデルになっているのは、同じ新宿の映画館でも「テアトルタイムズスクエア」と、恐らく「新宿ピカデリー」です。
 
新宿バルト9って、チケットの発券システムが、かなり独特なんで、受付に凄く特徴があるんです。漫画の中で描かれてる、受付と客の間に仕切りがなくて、壁面を金色のパイプで装飾していて、上にモニターが3つ並んでいる映画館って、明らかに新宿バルト9なんですよ。(■参考画像
 
何故、数ある映画館の中から、新宿バルト9をモデルにしているかといいますと、コレにはある種の必然性みたいなものがあるんです。
 
2007年に「ブレードランナー」を再編集し、音と映像のリマスターを行った「ファイナルカット版」が公開されたんですが、それを都内で唯一劇場公開*3した映画館が新宿バルト9なんですよ。
 
ブレードランナー ファイナル・カット スペシャル・エディション (2枚組) [DVD]

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つまり、主人公のカップルが観に行った「ブレードランナー」のヴァージョンは「ファイナルカット版」である、ということが、分かる人には分かる作りになっているんです! うわぁっ! マニアックな上に、仕事が細かいっ!!
 
勿論、こんなマニアックな描写に気付かなくても、物語は十二分に楽しめるのですが、こだわりの描写から生まれるリアリズムといいますか、このことを踏まえ上で二人の何気ない会話や映画を観た後のやり取りを観てみると、そこには、またある種の情感が生まれてきます。
 


 
主人公である各務くんの「こんな映画でよかった?」の「こんな映画」という台詞には「僕は大好きなんだけど、ハードなSF映画で話も哲学的だし、難しいし、とてもじゃないけど女の子が喜びそうにない映画」というメッセージが込められているのでしょう。「ブレードランナー」って、どう考えてもデートで観るのには、向いてない映画ですもんねぇ…。で、それに対する薬袋さんの台詞もいい!
 
こんなの映画好きとして、感情移入しまくりですよ! しかも、この後、薬袋さんはものの見事に映画の世界観にハマってしまい、口を半開きにして映画に没頭するんです。 
 
いい娘! 薬袋さんは、ホントにいい娘!!
 
ちなみに、なんで私がこの辺の細かい描写に気付いたかというと、自分も新宿バルト9ファイナルカット版を観に行ったからです。しかも、2回。勿論、2回とも独りで行きました! 自分には、薬袋さんみたいな娘はいなかったよ(泣)!
 
他にも、二人が観ている映画のDVDが、大馬鹿ガンアクション映画の傑作、「スモーキン・エース/暗殺者がいっぱい」(また、絶妙にマニアックなトコを…)だったり、
 


 
お下劣お色気コメディー「超能力学園Z」(作者あとがきによると、当初はこれが本作のタイトルになる予定だったらしい)の原題である「ZAPPED!」の文字が書かれたTシャツやアクセサリーを登場人物が着用していたりと、「PRETTY COOL」には、戦国くん先生の映画に対する熱意が伝わってくる内容となっています。
 
 

■「PRETTY COOL」という作品が、大好きだ!

上記の映画ネタにも見受けられるように、この辺のこだわりの描写の数々に、作者さんの「好き」って気持ちが伝わってくるわけですよ。
ユニークな超能力を用いた設定といい、劇中でのカップルの描写といい、映画に関する小ネタの数々といい、本作には「好き」という気持ちと、それを補完する真摯さやひたむきさが溢れています。
 
「PRETTY COOL」以前は、全く異なる作風の漫画(あとがきの作者様本人の言葉を借りれば「必ず死人が出るようなモノ」)を描かれていた戦国くん先生ですが、本作の面白さや、作品に流れているリアリティーには、映画が大好きで、成年漫画が大好きで、漫画を描くことが大好きで…という、戦国くん先生ご自身の「好き」という強い気持ちに依るトコロが大きいのかな、と私は思います。
 
で、やっぱりこういう「好き!」っていうストレートな気持ちをぶつけられると、こちらも作者様の心意気に答えようと思うわけですよ。
だから、こうしてBlogで感想文を書いたりとか、親しい人に勧めたりとかするわけです。
「好き」という気持ちで、作品と人が、人と人が繋がっていく。コレ、何とも気持ちのいいことじゃないですか。
 
そして、「エロ」を基本軸として描きつつも、こうした熱意に満ちた作品や作り手にふいに出会えるのが、成年漫画のおもしろさでもあります。
私は、そんな成年漫画が、そして「PRETTY COOL」という作品が大好きです!
 
 
 
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最後に、ちょっと自分自身の本作に対する思い入れとか。
 
私は、この「PRETTY COOL」という作品が、とても好きで、単行本が出たときは、自分用と人に勧める用で二冊購入したんですね。
更に、自分にとっても割と縁がある作品だったのか、「TENMA」に読者アンケートを送ったら、本作のサイン入り単行本が当たったんですよ! や〜ホント、嬉しかったですね〜。
 
で、今、自分の手元には「読む用」「人に勧める用」「サイン入りの保存用」と三冊同じ単行本があります。
う〜〜〜ん…コレは、ブレードランナーの屋台のシーンよろしく、もう一冊購入して「四つ」にすべきなんですかね〜(笑)。
 
「二つでじゅうぶんですよ!」(by ブレードランナー
 
本当だったら、戦国くん先生の過去作品を押さえた上で、「戦国くん作品における映画と時代劇の影響」とか、「過去作品と『PRETTY COOL』の比較」みたいな、戦国くん作品の文脈をキッチリ押さえた上で、エントリを書こうかな、なんて思っていたんですが、プレゼント当選が嬉しすぎたので、このタイミングでの「PRETTY COOL」感想文エントリ公開となりました(笑)。
 
いや、過去作品も「PRETTY COOL」とは一味違った魅力に満ちていて、ホントにおもしろいので、「PRETTY COOL」に興味を持たれた方は、是非ともご一読をお勧めいたします!
 
 
<関連エントリ>
■漫画、アニメにおける、他文化からの引用について考える。
■エロ漫画の表紙に、男の子が描かれてることって少ないですよね
■強くて、たくましくて、おっぱいが大きな女の子 − 工藤洋「SURVIVAL GIRL」
 
<関連URL>
■戦国くん『PRETTY COOL』(ヘドバンしながらエロ漫画!様)
 

*1:乳首

*2:本当は「薬」の字は旧字体

*3:しかも、確か二週間の限定公開