「だぶるじぇい」アニメ化に対して思うこと - 「だぶるじぇい」と「WJ」二つの「ダブルジェイ」

 

<亜桜まる野中英次 「だぶるじぇい」3巻 P.93>
 
今期から「ユルアニ?」内で始まったアニメ版「だぶるじぇい」
 
作画、亜桜まる先生、原作、野中英次先生の超強力タッグが「週刊少年マガジン」で連載をされている漫画作品のアニメ化なわけですが…コレ、プロレスファン的にはなかなかの大事件だと言えます。
 
何故かというと、そもそもタイトルの「だぶるじぇい」って、「WJ」(正式名称:ファイティングオブワールドジャパン)というプロレス団体からの引用、オマージュなんですね。
 

 
作中にはプロレスネタやパロディも数多く出てくる「だぶるじぇい」ですが、実はタイトルもプロレスネタだったわけです。
そして、その元ネタであるプロレス団体「WJ」なんですが…コレが、長い長いプロレスのヒストリーにおいても得意な…本当に凄まじい、悪い意味で伝説の団体だったんです。
 
今回は、アニメ化までされた人気漫画作品「だぶるじぇい」と、数多くのトラブルを起こし一瞬にして崩壊した伝説のプロレス団体「WJ」…二つの「ダブルジェイ」についてアレやコレやと語ってみたいと思います。
 
 

■「だぶるじぇい」と「WJ」 - 二つの「ダブルジェイ」

「だぶるじぇい」と「WJ」の関係性については、拙BLOGでも以前にこのエントリで言及をさせていただいたのですが、改めてこの二つの「ダブルジェイ」についてまとめさせていただきます。
 
漫画のタイトルそのものがプロレス団体の「WJ」から引用をされているわけですが、劇中にも数多くのキーワードの引用やパロディが行われています。
例えば、主人公達が通う高校の名前は「ナガシマ高校」ですが、これも元ネタはWJの専務取締役で団体のフロントだった永島勝司氏からの引用ですし、その永島氏を主人公に据えWJの顛末を描いた実録劇画「地獄の『ど真ん中』」(初出は、宝島社のムック「プロレス下流地帯」。その後、同社の「プロレス地獄変」にも再録)のパロディも使われています。
 

<週刊少年マガジン 2008年39号 (講談社) P.446>
 

<プロレス「地獄変」 (宝島社) P.43>
 
この「カ…カテェ」は、その台詞のインパクトからプロレスファンの間でファンベースの会話をする際に、お決まりのスラングとして一時期流行した台詞ですが、それが可愛い女の娘が沢山登場する漫画内に唐突に出てくるおもしろさ。こういうギャグセンスが「だぶるじぇい」という作品の特徴の一つなわけで、その辺りにも「WJ」への意識が見えてくるわけです。
 
では、「WJ」とは一体どのような団体だったのでしょうか?
 
それを知るのに、最適な一冊が永島勝司氏がWJ崩壊後に描いたノンフィクション「地獄のアングル プロレスのどん底を味わった男の告白」です。
 

<永島勝司 「地獄のアングル プロレスのどん底を味わった男の告白」 (イースト・プレス)>
 
2005年に発行されたこの本は、前述の劇画「地獄の『ど真ん中』」の原作でもあります。
 
 

■地獄のアングル - プロレス史に残る伝説のスキャンダル団体WJとは?

本のタイトルに使われている「アングル」とは、プロレス界の隠語で「興業を盛り上げるために必要な仕掛け」のことですが、この本に描かれているWJ崩壊までの物語は、プロレスのアングルさながらにハードでムチャクチャで常識外なストーリーです。
 

「WJを思い返すと、悪夢ばかりが走馬灯のように思い出されてくる。
経営危機によるギャラの未払い。
道場で選手が不慮の事故死。
有力スポンサーの撤退。
身内の裏切り。
選手の大量離脱。
社運をかけたビッグマッチの大失敗。
フロントの怠惰による興行中止の連続。
債権者たちの執拗な取り立て。
そしてあげくの果てに団体が崩壊。
もう、これでもか、これでもかと情け容赦のない悲劇が俺を襲ってきたのである。」
 
(「地獄のアングル」P3〜P4)

 
これは、「地獄のアングル」の冒頭に書かれた永島氏がWJに携わった二年間を振り返っての言葉です。プロレスに詳しくない人でも、こうして箇条書きされたトピックの一つ一つを見ていくだけで、如何にこの団体が破滅的な末路を辿ったかがお分かりでしょう。
 
そもそも、WJは長州力という超有名レスラーが旗揚げをした団体です。当時、新日本プロレスで現場監督(興業のマッチメークを行ったりする重要な役職)の座を、新日のオーナーであるアントニオ猪木から外され団体内に居場所を失っていた長州が、新日の取締役であった永島氏と組んで立ち上げたのがWJ。
 
旗揚げシリーズには、天龍源一郎大仁田厚、海外からはロード・ウォリアーズらの有名どころのレスラーを招き、所属選手には佐々木健介越中詩郎、それぞれ新日、プロレスリングNoahという超メジャー団体の若手エースだった鈴木健想(現:KENSO)、大森隆男といったレスラーを迎え入れ旗揚げを行ったWJでしたが…しかし、旗揚げ当初に潤沢に用意されていたという資金と、プロレス界きってのネームバリューを誇る長州の知名度、実力をもってしても、経営が立ちいかなくなるほどWJはスキャンダル塗れの歴史を歩むことになります。
 
そのスキャンダルの数々については、「地獄のアングル」に詳細や顛末が事細かに書かれていますので、興味がある方には一読をオススメしたいのですが…ハッキリ言って、WJの歴史はあり得ないトラブルと失敗の連続です。
 
 

■プロレス界、最悪の興業 - X-1とは何か?

そんなあり得ないトラブルの一例として、ここではWJが開いた総合格闘技大会「X-1」のエピソードを紹介したいと思います。
「X-1」は、放漫経営と数多くのトラブルによって、はやくも運営が傾いていたWJが起死回生の為に行った格闘技興業。当時、プロレスを凌ぐ人気を誇っていたPRIDEやUFCに対抗して、MMA総合格闘技)路線で人気と経営の回復を行おうとしたのです。
 
しかしながら、この「X-1」も結果的には大失敗に終わります。WJのフロントが、格闘技興業の経験がなかった上に、準備不足と怠慢から段取りが全く間に合わず、結果的に「最悪の興業」としてX-1はプロレスの歴史に記憶されることとなったのです。
素人レベルのファイター、ジャッジ、進行の段取りの悪さ、空席だらけの会場…そんな大失敗に終わったX-1の象徴的シーンがリングの上に設置をしていた金網が崩壊し、それを所属レスラーが押えて試合を続けるという、失笑ものの場面でした。
 

<週刊プロレス 1514号 (ベースボール・マガジン社) P.29>


 
UFCに始まり、日本でもいくつかの格闘技団体、興業にて行われているケージ・マッチですが、その金網が壊れるなんて前代未聞のあってはならない失態です。このX-1の大失敗により、WJは崩壊に向けての歩みを早めることとなります。
 

「このX1の大失態で、WJのイメージは大暴落した。ただでさえイメージが悪かったのに、この興業のせいで信用はついにゼロになってしまったのである。
(中略)
事実、マスコミの中で唯一味方であったはずのプロレス専門誌ですら、X-1を『最悪の興業』と大酷評。当然、会場に来ていない全国のプロレスファンの読者にも醜態を晒すことになる。
(中略)
こうなると、すべてが悪循環。たった一回の興業でありながらも、X-1の失敗は、WJの根幹を揺るがすほどの大スキャンダルに発展してしまったのだ。」
 
(P.164、165)

 
 

■WJが生み出した希望の星 - 中嶋勝彦と「だぶるじぇい」

放漫経営と次々に起こるトラブル、そして、起死回生を狙った興業の失敗…これらのスキャンダルによって、長州力という大御所を旗頭に据えた新団体WJは、僅か2年でその活動を停止し、プロレス界から消滅をすることになります。
WJは最悪の団体として、プロレスのヒストリーにその名を残すことになりますが、そこに携わった人々にも不幸と悲劇をもたらしました。
 
団体のエースであった佐々木健介は、前述のX-1にて指を骨折し、保険も保障もない状態でWJを退団。更に、恩師である長州に大金を貸していた健介は、その支払いを巡って長州と関係が悪化。強い師弟関係と信頼で結ばれていたハズの二人は、未だに絶縁状態にあります。
また、大森隆男鈴木健想といった旗揚げメンバーだったレスラーも、その多くがWJによって人生を狂わされ、その後に波瀾万丈のプロレス人生を歩むことになります。
ベテランの越中詩郎のようなレスラーですら、一時期プロレスのギャラだけでは生活ができなくなり、バーテンダーのアルバイトを行っていたほどです。
 
そんなWJではありますが、その二年間の歴史の中で、たった一つだけプロレス界に明るいトピックを生み出しました。それが、中嶋勝彦というプロレスラーを世に送り出したことです。
 

<週刊プロレス 1571号 P.59>
 
WJのリングで、16歳という日本プロレス史上二番目に若い年齢(最年少は、船木正勝の15歳)でデビューを果たした中嶋勝彦。その話題性だけなく、若々しく丹精なビジュアルとその見た目に似合わぬハングリー精神、極真空手出身というバックボーン、何より抜群のプロレスセンス…によって、瞬く間にプロレス界の人気選手の一人となります。
 
WJ崩壊後は、他団体に参戦し、全日本プロレス世界ジュニアヘビーやNoahのGHCジュニアといったメジャータイトルも獲得、まさにプロレス界における希望の星として活躍をしています。
 
そんな中嶋勝彦の名前は、「だぶるじぇい」の中でも「カツヒコ高校」という形で引用をされています。そして、「だぶるじぇい」もWJというプロレス団体が、そのスキャンダル塗れの歴史の中で生み出した希望の一つであると言えるでしょう。
 
数多くのトラブルを巻き起こし、プロレスのイメージをダウンさせ、僅か二年で終焉を迎えたプロレス団体…。そんな団体から名前をとった漫画作品が人気を博し、ショートアニメの枠とはいえアニメ化までされた。
 
これって、よくよく考えたら本当に凄いことです!
 
WJは悲劇しか生み出しませんでしたが、中嶋勝彦という人気レスラーと「だぶるじぇい」という人気作品を、団体消滅の後に世に送り出した。
プロレスファン特有の過剰なロマンチシズムを込めて意見させてもらえるならば、コレはもう本当にちょっとした"奇跡"だと思うのです。
 
「だぶるじぇい」人気の影に…過去には「WJ」というもう一つの「ダブルジェイ」が存在していたこと…。もし、よろしければこの事実をどこか頭の隅にでも記憶していただけたならば、私はイチプロレスファンとしてこんなに幸せなことはありません…。
 
 

■まとめ

「WJ」という悪い意味で伝説のプロレス団体から名前を頂戴した漫画作品が、アニメ化までこぎつけたこと…。コレ、本当に凄いことだと思います。
ちなみに、私は、あの漫画のキャラクターの中では小早川さくらさんがモロ好みで好きですね。アニメ出てきてくれるかなぁ…。
 
 
 
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