「世界でいちばん強くなりたい!」とプロレスにおける反則攻撃

 

 
プロレスアニメ世界でいちばん強くなりたい!を観ていて、プロレスファンならば非常にリアリティーを感じる…でも、プロレスを知らない人にはちょっとばかり奇異に映るシークエンスがありましたので、今回のエントリでは、そのことについて簡単に解説をしつつ、「せかつよ」とプロレスのちょっと不思議な魅力をアレやコレやと書いてみたいと思います。
 
 

■反則攻撃と5カウント


 
第5話「決戦前夜!」で、ヒール(悪)の覆面レスラーであるホーネットが、さくらの首を竹刀で絞めるシーン。プロレスでは、気動を圧迫する攻撃(チョークや喉元への打撃など)は反則とされており、更に竹刀のような凶器を試合中に使用することも反則とされています。つまり、このホーネットの竹刀を使った攻撃は、厳密なルールの上では重大な反則行為な訳です。
 
そして、この後、プロレスファン以外にはちょっと不思議に映るシーンが描かれます。レフェリーが「ワン、ツー、スリー…」とカウントを数え出すと、「フォー」の時点で攻撃を一旦止めるホーネット。そして、再度、竹刀でさくらをいたぶり始めます。
 
何故、ホーネットは反則をしているのに反則負けにならないのか? そして、何故、一度、攻撃を止めたのか? 実は、この場面、ホーネットは、ルールに則って試合を進めているんです。というのも、これ、プロレスファン以外には余り知られていないディティールなんですが、プロレスには実は「反則行為は、5カウントまでに止めなければ反則となる」という細則があるのです(団体によっては、一部ルールが異なるところもありますが)。つまり、これは逆に言えば「5カウントまでなら、あらゆる反則が認められる」ということになります(ただし、厳密に言うと余りにも悪質な反則行為については、レフェリーの判断で即、失格にすることも出来ます)。
 
コレを頭に入れて、件のさくら対ホーネット戦を観返してみると、竹刀を使った攻防もプロレスのルールに沿った、非常にリアリティーに満ちた描写であることが分かるかと思います。反則が許される4カウントまでは、凶器とチョークを使い、カウント5が数えられる寸前で手を離す。そして、一旦、カウントがリセットされたところで、再び反則行為を行う…この場面、実はホーネットはキチンとルールを守った上で、さくらを痛めつけているんです。
 

 
ですから、劇中で出てきた一斗缶で相手を殴ったりだとか、複数で一人の相手に攻撃を加えるのも反則ではあるんですが、プロレスでは実は"アリ"なんです。一斗缶で相手を殴るのに5秒も要りませんよね? ですから、理屈としてはプロレスの試合ではありとあらゆる攻撃、行為がオフィシャルに認められている…とも言えます。
 
 

■「何でもアリ!」だからこそおもしろいプロレスの魅力

こうした特異なプロレスのルール、ディティールは、物語の前半で執拗なまでに繰り返し描写をされた逆エビ固めのシーンでも見られます。逆エビで悶絶をしたさくらがロープエスケープ(プロレスでは、ロープに身体が触れていれば対戦相手は攻撃を加えることができないというルールがあり、相手の攻撃を受けている時にロープを使って逃れることを"ロープエスケープ"と呼びます)を行うも、相手はそれを無視し再度リングの中央に移動して再び締め上げ続ける…という描写。
 

 
これも、プロレスを知らない人が観たら「何故、エスケープをしているのに相手は攻撃を止めないのか?」「レフェリーは試合を止めないのか?」と思うことでしょう。ですが、これも前述の凶器によるチョーク攻撃と同様、カウント5まで反則が許されるからこそ成り立つプロレス特有の戦術なんです。相手のエスケープを無視して、リングの中央に引き戻すのも5秒までならルール上は認められている。これも確かに反則行為ではあるんですが、プロレスの試合では可能な攻撃…そういうことなんです。
 
ですから、決してレフェリーも職務を放棄して悪事を働く選手に注意をしない訳ではないのです。寧ろ、プロレス特有のルールに忠実だからこそ、こうした"反則"を試合中に厳しく罰することができないのです。
 
と、ここまで書いて「何て、いい加減なルールなんだ!」と思われる方もいらっしゃるかと思います。ですが、そうした特殊なルールの下で行われるスポーツ、試合だからこそ、プロレスは大きな魅力とダイナミズムを持ち得ていると言えます。
 
ヒールレスラーの卑怯で悪質な反則攻撃に耐えて耐えて耐え抜いて、最後の最後に一撃必殺の大技を決めて逆転勝利をするエース選手。先輩レスラーに逆エビを極められ、死にもの狂いでロープに逃げるも、すぐに引きずり戻され更に技を極められる、それでも、最後の死力を振り絞って再度ロープにたどり着き遂に脱出に成功をする…。
 
こうしたドラマティックな場面、試合のダイナミズムというのは、やはり、プロレスの「5秒までならあらゆる反則が認められている」という特殊なルールによる部分が大きいと思います。
 
そして、「世界でいちばん強くなりたい!」というアニメでは、そのルールをアニメの中で描いている。これは、プロレスファンから観ても、かなりリアリスティックな描写でもあります。プロレスファン以外には「?」となってしまう描写でも、そこにはやっぱり理由があるんです。そういったプロレスの理屈と魅力を劇中で描く辺り、やっぱり「せかつよ」は"プロレス"を描いた作品の一つとして評価足りえる…私は、そう思います。