「けいおん!」のキャラクター名について考えてみる - 名前に託されたキャラクター性

 
今回のエントリでは、「けいおん!」に登場する各キャラクターの名前について考えてみたいと思います。
 

 
先ずは、各キャラクターの苗字なのですが、軽音部メンバーの苗字である「平沢」「秋山」「田井中」「琴吹(ことぶき)」「中野」は、それぞれ、日本のテクノポップバンド、P-MODELのメンバーから、さわちゃん先生と和ちゃんの苗字である「山中」と「真鍋」は、the pillowsのメンバーからの、それぞれ引用だと思われます。
 
作者が好きなバンドや映画俳優なんかの名前から、キャラクター名を拝借する。これって、決して珍しいことではありません。恐らくは、「けいおん!」の作者であるかきふらい先生も、お気に入りのバンドから登場人物の名前を引用したのでしょう。
 
では、名前の方はどうやって決めたのでしょうか?
 
所謂、萌え四コマではキャラクターの名前は、「音」や「響き」を重要視して付けられているような印象を受けます。
例えば、「けいおん!」と同じく芳文社の「きらら」系の漫画雑誌で連載され、アニメ版も人気を博した「ひだまりスケッチ」の主人公である「ゆの」。

ひだまりスケッチ (1) (まんがタイムKRコミックス)

ひだまりスケッチ (1) (まんがタイムKRコミックス)

苗字もなく、平仮名で名づけられた、この「ゆの」という名前は、恐らく音の響きの可愛らしさから付けられたキャラクター名ではないか、と思うのです。
 
一方「けいおん!」では、「唯」「澪」「律」…と、登場人物の名前はほとんどが漢字一文字で付けられています。
片仮名や平仮名でなく、漢字で名前が付けられているということは音や響きよりも、字が持つニュアンスや意味を重要視しているのではないでしょうか?
 
 

平沢憂の憂鬱

キャラクター名に対する、そういった傾向を特に強く感じるのが、主人公の妹である「平沢憂(ひらさわうい)」です。
 

 
このキャラクターの名前を初めて見た時、凄く不思議な感じがしたんですよね。
字というものは時代によって、そのニュアンスを刻々と変化させていくものです。また、近年では赤ちゃんの名前を付けるのに文字の意味よりも、音の方が重要視されている傾向があるそうです。ですので、「憂」という名前も、自分が知らないだけで、もしかしたら世の中ではポピュラーな名前になっているのかもしれません。しかしながら、「憂鬱」とか「憂える」なんて字を名前に用いなくても…「うい」という音の名前だったら、「羽衣」とか「初」という漢字をあてた方がより自然ではないでしょうか?(声優さんでも、「宮崎羽衣」さんっていらっしゃいますもんね)
 
ちなみに、「憂」という字を漢和辞典で調べると、以下のような記述があります。
 

[憂]
 
(動)1.心配する、思いなやむ。
   2.あわれむ。悲しむ。
(形)楽しまないさま。心配そうなさま。
(名)1.心配事
   2.ほねおり。くるしみ。

 
「心配する、思いなやむ。」「あわれむ。悲しむ。」…う〜ん、やっぱりあまり陽気な意味の字ではなさそうです。それでも、わざわざ「憂」という字を使っているということは、やはりそこには何かしらの意図があるように思います。
 
そう考えると、「憂」という名前は「けいおん!」という作品において、平沢憂のキャラクター性と物語の中での役どころを、非常に的確に表した名前であると言えます。
 
平沢憂は、超がつくほどのマイペースで天然が入っている姉のことを、いつも心配して気にかけているというキャラクターです。ちょっとだらしがなくて、頼りない姉のことを常に心配しているから「憂」
 
このように「けいおん!」という作品では、キャラクター名になっている漢字一字が持つ意味やニュアンスが、登場人物たちの性格や物語の立ち位置をそのまま象徴しているのではないかな、と思うのです。
 
そこで、「けいおん!」の各キャラクターの名前の字を、漢和辞典で調べてみました。
今回、使用したのは手元にあった三省堂の「大きな活字の全訳漢辞海」。2000年の第一版です。

大きな活字の全訳漢辞海

大きな活字の全訳漢辞海

私は、漢字どころか、普段の日常会話すら危うい人間なので、字の意味の取り違いや解釈の間違いも多々あるもしれませんが、以下上記の辞典の内容を要約しながら引用しつつ、各キャラクターの名前について考えてみたいと思います。
 
 

■名前に注目して、「けいおん!」の各キャラクターを見てみよう!

平沢唯

先ずは、主人公である平沢唯ちゃんから見てみましょう。
「唯」という文字は、主に副詞的用法において以下の意味で用いられます。
 

[唯]
 
(副)1.それだけ。ただ…だけ。ばかり。
   2.どうか。《相手への希望を示す》
   3.ひたすら…を。

 
用法だけを見ると、イマイチピンときませんが、恐らくは「唯一」とか「唯我独尊」とか、この漢字を用いた言葉のイメージから「個性が強い」「オリジナル」「マイペース」みたいなニュアンスで付けられた名前ではないかな、と思うのです。
 
 
琴吹紬

次は、キーボードの琴吹紬、通称ムギちゃん。
 

[紬]
 
(動)1.糸口を引き出す。つむぐ。
   2.物を引き出す。
   3.つなぎ合わせる。寄せ集める。
(名)粗い絹糸で織った絹織物。

 
箱入りのお嬢様であるムギちゃんは、軽音部に入部することで新しい友人たちと出会い、新しい世界を垣間見ていきます。
人と人とのつながり、新しいものとの出会い、そういった自分が今まで知らなかった世界と次々に繋がっていく、物語を紡いでいく…。
「紬」という名前には、そういった意味が込められているのかな、と。
 
 
田井中律

ドラムのりっちゃんこと、田井中律はどうでしょうか?
 

[律]
 
(動)1.法令に従って治める。
   2.取り締まる。拘束する。
   3.従う。
   4.はかる。
   5.櫛ですいて髪を整える。くしけずる。
(形)戒律を守っているさま。

 
「律」。
まぁ、「律する」とかの「律」ですよね。こうやって改めて見てみると、とても立派な名前です。
 
…でも、りっちゃんって、劇中で全然好き勝手やってんですけどね(笑)
あれで、こんな立派な字を名前にいただいてるとか図々し過ぎるよ!
 
しかしながら、普段は自由奔放な言動が目立つ律ですが、曲がりなりにも桜が丘高校軽音部の部長です。
そして、受け持っている楽器に目を向ければ、バンドが出す音の屋台骨を支えるドラムスを担当しています。
何事に対しても豪快で大雑把なようでいて、何気にバンドメンバーや軽音部を気遣う様子を見せたりとか、なんだかんだで、やっぱりリーダー的な存在だと思うんですよね、りっちゃんって。特に、アニメ版ではそういった描写にフォーカスをあてて「田井中律」というキャラクターを描いている気がします。
 
バンドのリーダー、そしてバンドのリズムを司る重要パートであるドラマーという立ち居地。
「律」という名前は、そこから付けられているのかな、と思います。
 
 
秋山澪

ベーシストの秋山澪ちゃんの場合。
「澪」という字を、前述の漢和辞典で引くと、以下のような解説がなされていました。
 

[澪]
 
(名)河川名。

 
「澪」というのは、河川の古い言い方のようです。現在では、ほとんど人名漢字になっています。
国語辞典なんかで同じく「澪」を引くと「内湾や河口付近で、砂泥質・遠浅の海底に沖合まで刻まれた浅い谷。水の流れの筋。小舟の航路となる水路。」(goo辞書)といった具合に書かれています。更にここから派生した「澪標(みおつくし)」という言葉があります。この澪標とは何かというと、
 


「澪標」
 
「澪の串」の意。後世「みおづくし」とも。港や河岸などで「みお(澪)」を示すために立てられた杭。近世では、澪木(みおぎ)・水尾坊木(みおぼうぎ)と呼ぶ。みおじるし。みおぐい。難波(なにわ)の澪標が有名。和歌では「身を尽くし」にかけて用いることが多い。
 
goo辞書より

 
上記の解説でも描かれている通り、和歌で「澪標」は「身を尽くし」にかけられたため、人名漢字となった現在でも「献身」といったニュアンスを持った漢字になっているようです。また、「澪」という字が「さんずい」と「零」を合わせてできた字であることから、姓名判断などでは「純粋性」みたい意味がある字として使われているそうです。
 
「献身」や「純粋性」。「秋山澪」というキャラクターに、実にピッタリあった名前じゃないですか。
 
 
真鍋和

軽音部員ではありませんが、唯の親友である和ちゃんの場合は、
 

[和]
 
(形)1.ほどよくかっているさま。ととのうさま。
   2.仲のよいさま。むつまじい。
   3.ほどよくおだやか。激しくないさま。
   4.気候が温暖なさま。うららか。暖かくのどか。
(動)調和する。うまく合わせる。ととのえる。

 
といった具合に、劇中での常識人らしい言動の数々に実にマッチしたお名前です。
「仲のよいさま。むつまじい。」は、唯ちゃんやバンドメンバーとの仲の良さともとれるし、「調和する。うまく合わせる。ととのえる。」なんてところからは、陰ながらバンドを支えている和ちゃんのキャラクターがそのまま出ている気がします。
同じサブキャラでも、主人公の親友キャラとして、こんな良い意味の名前をもらった和ちゃんに比べて、姉のことを心配ばかりしているから「憂」って名づけられた妹さんの立場って一体…。
 
 

■「けいおん!」のキャラクター名って、すごく考えられて付けられたのでは?

こうやって自分なりに登場人物たちの名前を改めて見てみると、「けいおん!」の各キャラクターの名前って、字が持つ意味やニュアンスを踏まえた上で、かなり考えて付けられたのではないかなぁ、という気がしました。
漢字、しかも一文字ということは、その字が持つ本来の意味が、ストレートにキャラクター性を象徴している、ということだと思うのです。
 
先ほども書いた通り、アニメや漫画のキャラクターの名前って、最近では字が持つ意味よりも、音の響きが重要視されているように思うのですが、「けいおん!」の場合は、漢字が持つニュアンスを非常に重んじている、という印象を受けます。
そして、そうして付けられた名前が各キャラクターの性格や、物語での立ち居地を実に的確に表しているようで、こういうとこにも作者である、かきふらい先生のセンスを感じます。
 
 
さて、そんな中で気になるのは、顧問である山中さわ子、さわちゃん先生です。
けいおん!」のキャラクター名のフォーマットは、「ミュージシャンの姓 + 漢字一文字」なわけですが、山中さわ子先生だけは、このフォーマットに当てはまらない…というか、この人の場合は恐らくthe pillowsのメンバーである山中さわおさんの名前を、そのまま女性名にしただけなんですよね。しかも、ただ単に「子」って付けただけ。
他のキャラクターは、かなり名前を考えて付けられている印象を受けるのに、さわちゃん先生の場合だけ、この異常に安易な感じが堪りません(笑)。
でも、その安易さがさわちゃん先生のキャラクターに合ってるといえば合ってるな、なんて。
 
あと、新入生である梓ちゃんの名前についても書きたかったんですが、これは調べてもちょっと字の本来の意味が分かりませんでした。人名漢字として一般的になっている字だとは思うんですが…。