みんなでバンドをやるために走るんだ! - 「けいおん!」第12話と「リンダ リンダ リンダ」

tunderealrovski2009-06-22

 
けいおん!」の最終回(♯12「軽音!」)を見ました。
今回は、最終話を見ての自分なりの感想をエントリに書いてみます。以下、「けいおん!」最終話及び、山下敦弘監督の映画「リンダリンダリンダ」のネタバレが多分に含まれていますので、本文は隠しておきます。
 
 
けいおん!」第12話「軽音!」。ドラマの展開や、主人公である唯と周囲の人たちの描き方、学園祭でのライブシーンなど、見所いっぱいで「けいおん!」というアニメを締めくくるに相応しい、本当に素晴らしい最終回でした。
このエピソードに関しては、様々な語り口からその魅力を語ることができると思うのですが、私は劇中での唯の走る描写に注目をして話を進めていきたいと思います。
 
 

■アニメ版「けいおん!」 後半のドラマの軸

私が最終話を見ていて、もっとも印象に残ったのは唯の疾走のシーンでした。
 

 
当初は、ゆるい部活アニメという面が強かった「けいおん!」ですが、♯9「新入部員!」での中野梓登場以降、アニメ版はそのドラマ性を徐々に強めていったように思います。
♯9「新入部員!」で、新メンバーの中野梓の視点を用いることによって、「このメンバーだからこそ出せる音があること」「このメンバーじゃないと意味がないこと」を物語の上に描き出し、♯10「また合宿!」では、梓を加えた5人の繋がりを描いた後で、急転直下の♯11「ピンチ!」で、軽音部のメンバーがバラバラになってしまうのではないか? という緊張感を物語に与え、それを乗り越えた後のメンバー同士の絆に説得力を持たせる。
 
アニメ版の「けいおん!」後半で主軸となったのは、「このメンバーでバンドを続けられるか、学園祭のステージに立つことができるのか?」というドラマだったと思うのです。
 
♯11「ピンチ!」の中で生じた律と澪の間の軋轢も消え、メンバー同士の絆がより一層強まった最終話においても、「このメンバーでバンドができないのではないか?」「学園祭のステージに立てないのではないか?」という危機感を、アニメ版の「けいおん!」は描き続けます。
 
先ずは、律の風邪がうつってしまい、唯が寝込んでしまいます。唯と妹である憂の関係性を、ところどころにギャグや可愛らしい「萌え」描写を挿みながら優しく描写しつつも、物語には常に緊張感が張り詰めています。
唯が学園祭のライブに参加できないかもしれない…という不安を抱えつつ、「あくまで万が一に備えて」唯のギターパートを練習していた梓は皆に向かってこう言います。
 

「ダメです! 皆でできないのなら、辞退した方がマシです!!」

「嫌です! やっぱり嫌です! このまま、唯先輩抜きで演奏しても意味ないです!」

 
「皆でできないのなら、辞退した方がマシ」で「唯先輩抜きで演奏しても意味ない」。
口には出さなくても、律や澪、ムギといった他の軽音部のメンバー、そして皆の周囲にいる、憂や和やさわちゃん先生にとっても、この言葉は偽らざる本音だったと思います。彼女たちにとって、何よりも重要なのは学園祭のライブで上手く演奏することでも、喝采を浴びることでもない、この5人でステージに立って音を出すことなのです。
不安になる軽音部メンバーを元気付けるように和が語った幼少期の唯のエピソードと、さわちゃん先生の登場を挿んで、(この辺もシリアスになり過ぎず、あくまで「ギャグ」として描いているのがまた上手い!)果して唯は部室に戻ってきます。
 
見ている側もホッと一安心…かと思いきや、ここから再びスタッフは物語に「危機」と「緊張感」を描き始めます。
 
 

■ギターを背負って、少女は走る!

部室に愛用のギター「ギー太」の姿はなく、家に取りに帰る唯。この時、代わりにさわちゃん先生が白いフライングVを唯に貸そうとしますが、時間が押し迫っているにも関わらず、律は唯に「ギー太じゃなくていいのか?」と優しく声を掛け、唯もギー太を取りに帰ることを選択します。
「ギー太以外のギター弾けない」ことを理由に家に戻るわけですが、律がわざわざ唯に声を掛けたことを考えると、「ギー太」という名前を与えられたこのギターも軽音部のメンバーの一員であると部員全員が考えているということなんでしょうね。ここでも、メンバーが全員揃って、いつもの軽音部の姿じゃないと意味がないわけです。
 
そして、件の疾走シーンに繋がります。
 
この場面は時間的な制約との戦いなわけですが、適度な緊張感がありつつも、唯の一人称カメラによる高校生活の回想シーンやモノローグ、唯以外のメンバーによる演奏シーンを挿入することで、決して息苦しさを見ている人に感じさせません。
 
とにかく唯は走り続けます。こけそうになっても必至に耐え、制服のタイがほどけても気にせず走り続けます。
 

 
何故、そこまで必死に走るのか? 理由はとてもシンプルで、みんなとバンドをやるためです。
 

 
だからこそステージにたどり着き、みんなとバンドをやれるんだ、みんなと一緒に音を出せるんだ! と、ようやくゴールに辿り着いた時、彼女の目からは自然に涙がこぼれ、真っ先に感謝の言葉が出て来ます。
 
ところどころに障害はあったけれど、それでもみんなでステージに立つことができた、バンドをやることができた。
だからこそ、ステージを見守る観客に向かって唯は、こう力強く宣言します。
 

「脇目も振らずに練習に打ち込んできたなんて、とても言えないけど…。でも、ここが…今居る講堂が、私たちの武道館です!」

 
このメンバーでバンドをやれることが、何より大切なことで、重要だからこそ、軽音部のホワイトボードに書かれた部の最終目標である「武道館ライブ」という言葉を使ったわけです。勿論、この後も軽音メンバーの物語は続いていくのでしょうが、5人が揃った、音を出せた、それこそが大切なことで、その時点で一つのゴールなわけです。
 
彼女たちはバンドを通して、それぞれ成長しました。軋轢やトラブルを乗り越えてようやく漕ぎ付けた学園祭ライブは、結果として沢山の人たちを熱狂させました。…でも…やっぱり、一番彼女たちにとって重要なことは、「この5人でバンドをやる!」っていうとてもシンプルなことだったと思うんです。
 
だかろこそ、最終話でのライブシーンも敢えてオーディンスショット(観客の目線)は最小限に抑えて、ステージ上とバンドメンバーからの視線によるショットで構成をすることで、仲間とバンドをやれる幸福感と高揚感を描こうとしたのではないかな、と思います。
 
メンバーが向かい合って楽器を弾くシーンなんて、そういう面では非常に印象的です。
 

 
「みんなとバンドをやる」というゴールに向かって全力疾走する唯と、その後の多幸感一杯の学園祭のステージ。学園モノの音楽アニメとしては、これ以上ないくらい幸福な最終回だったと思います。
 
 

■ドシャ降りの中を突っ走れ! 山下敦弘リンダ リンダ リンダ

私は、「けいおん!」最終回において、上記のようなポイントに感動をし、エモーションを突き動かされたわけですが、「バンドをやるために全力疾走する少女」と「みんなでバンドをやる幸福感」という描写から、山下敦弘監督による映画作品「リンダ リンダ リンダ」を連想しました。
 
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こちらは、急ごしらえのバンドではありますが、同じく女子高生が学園祭ライブに向けて奮闘をするというストーリーです。
バンドやロックを扱った映画というものは、大抵の場合「果して、ライブができるのか? 間に合うのか?」というのが、劇中での一番の盛り上がりとなることが多いのですが、「リンダ リンダ リンダ」も、その辺のお約束を踏襲しつつも、そこに各キャラクターの恋愛感情や友情といった思春期らしい感情描写を盛り込むことで、何とも爽やかな作品へと仕上げています。
 
物語の終盤の見せ所は、学園祭ライブの出演時間に遅刻してしまったバンドメンバーが、学校に向かって走るシーンでしょう。
 



 
外は生憎、ドシャ降りの雨。その中を、ズブ濡れになってシャツが透けても、不恰好に転んだりしても、彼女たちは気にせず走っていくわけです。
 
何故なら、このメンバーでバンドをやりたいから、このメンバーでステージに立ちたいから。
 


 
ラストシーンで、文化祭のステージに辿り着いた彼女たちの演奏シーンは見ものです。
バンドを結成して僅か数日で、演奏力がズバ抜けて高いわけでもない、流暢に歌詞を歌えるわけでもない、そんな急ごしらえのバンドでも、確かに「絆」はできていて、このメンバーにしか出せない音がある。
「ザ・ブルーハーツ」の若者らしい衝動に溢れたナンバーが、彼女たちが巡りあって、同じステージに立っている幸福感と多幸感を盛り上げます。
 
アニメと実写という違いはあれど、「けいおん!」と「リンダ リンダ リンダ」が描こうとした「バンド」の姿は、その根幹を同じくしているように思うのです。
 
けいおん!」と同じく京都アニメーション製作のアニメ「涼宮ハルヒの憂鬱」の中の一編「ライブアライブ」にも影響を与えた「リンダ リンダ リンダ」。「けいおん!」ファンの皆様の中で、もし未見の方がいらっしゃいましたら、是非一度見てみることをお勧めします!
 
 

■まとめみたいもの

最後に、非常に個人的な話になるのですが、「けいおん!」第12話の放送が終わった後に友人からメールが届いたんです。
その友人というのが、アニメ好きっていう人ではなくて、むしろそういうオタク系の文化とはあんまり縁がない友だちで。「けいおん!」が始まった時も音楽番組でチャートに「けいおん!」関連のCDとかが入っているのを見て、「何で、『けいおん!』はあんなに人気があるのか?」とか「オタクの人たちは、あのアニメのどこに惹かれているのか?」なんてことを聞かれたりしていたんです。
 
で、そんな友人が、たまたま夜中にテレビを点けてて偶然見たんでしょうね、「けいおん!」の最終回。見終わった後の感想が、メールに書いてあったんですよ。
 
けいおんの最終回めっちゃいい!!」
 
って。
 
あのアニメをほとんど見ていないし、「けいおん!」のことを知らないハズなのに、それでもあの第12話っていうのが心の琴線に触れたんだと思います。「どこが良かった?」って聞いてみたら「ギターを持って走る唯が、こけそうになるんだけど耐えるシーン」と「最後に、ステージの上で涙を流しながら皆に感謝するシーン」が凄く良かった、涙が出たって書いてあって…。
 
あのアニメの最期でも、憂の友だちが高揚した顔でステージに見入っているシーンがあったじゃないですか。あの、軽音部の見学で、失敗した演奏を見てしまって、ジャズ研に入っちゃった友人ですね。 
 

 
いつもダラダラ、まったりで、基本はグダグダなんだけど、それでも決めるところは決める軽音部メンバーの姿と「けいおん!」という作品の魅力が、何よりあの娘の表情と友人からのメールの内容に集約されている気がして…。
なんというか、そういう面でも自分の中でとても印象に残った作品でした、「けいおん!」。…まぁ、まだ番外編が一話残ってるんですけどね! そちらも、非常に楽しみです。
 
 
<関連エントリ>
■「けいおん!」の音楽的「物足りなさ」について考えてみる
■「けいおん!」のキャラクター名について考えてみる - 名前に託されたキャラクター性